ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(37)

「ちゃん」付けで呼ぶこととセクハラ

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、M社事件・東京地判令和6・3・21労判1330号39頁です。

【テーマ】相手を「ちゃん」付けで呼ぶことも、セクハラに該当する可能性があります。

1.概要

今回は、職場で先輩が後輩を「ちゃん」付けで呼んでいたことなどが、セクハラに該当すると判断された事例を紹介します。

2.事案の流れ

宅配業を営むA社の従業員X(女性)は、2020年2月から、B営業所のカスタマーサービス課(CS課)でクレーム対応等に従事するようになり、その関係でB営業所の営業課係長Y(男性)に相談や報告をするようになりました。Xよりも年上で社歴も長いYは、Xを日常的に「ちゃん」付けで呼ぶほか、下記3のような言動が見られました。Xは、2021年11月以降、出勤時に涙が出るなどの症状が出るようになり、Yの言動についてCS課の上司に相談し、その後、営業所長とも面談します。所長らは事実関係を調べ、同年11月30日、Yの発言についてXに謝罪しました(その後、Yは社内の賞罰委員会で審議され、「厳重注意」を受けるに至りました)。しかし、同年12月3日以降、Xは心療内科でうつ病、PTSD、適応障害等と診断されて、12月10日から欠勤し、2022年4月19日以降は休職扱いとなりました。
Xは、YとA社を被告とし、Yに対してはYのセクハラが不法行為(民法709条)に当たるとして、A社に対してはYの使用者としての使用者責任(民法715条)等を主張して、治療費や休業損害、慰謝料等の支払を求める訴訟を提起しました。ただ、訴訟の中で、XとA社の間に、A社がXに70万円を支払い、Xが休職開始前に退職したこととする旨の「和解」が成立し、訴訟のうちXとA社に関する部分は終了しました。そのため、今回の判決はY個人に対して出されたもので、Yの責任のみが対象となっています(事件名も○社事件とは付かないことになります)。

3.ハラスメント行為

①上記2のようにYがXを日常的に「ちゃん」付けで呼んでいたこと、そして、②客の電報便にキャンセルが発生したことを利用して、Xに対し、宛名を「Xちゃん」、差出人を「Yとクソ野郎たち」としてXへの感謝を記した電報便を送ったこと、③荷物を探していたXが前屈みの姿勢になったことを見たYの「それ胸元が…はだけて下着が見えてしまうよ」という発言、④Xが自身の後方に近付いたYに驚き「きゃっ」と声を上げたことに対するYの「今のかわいい。」という発言、⑤Yがクール便の荷物に関する業務を終えたあと、Xらに対し「寒いよ-」、「誰か癒して」と述べたこと、⑥Yの休日に、勤務中のXが電話で業務の報告をした際、Yが業務上のトラブル等について述べ、「こんな愚痴や話を聞いてくれるのはXちゃんだけだよ」と述べたことなどが、セクハラであり不法行為に当たるとXは主張しました。

4.裁判所の判断

まず上記3の①につき、裁判所は、「「ちゃん」付けという呼称は、一般的には幼少の子どもに対して用いられ、成人に対して用いられるのは交際相手等の親密な関係にある場合が多く、業務上において…用いる必要性は直ちには見出し難い」として、たとえ「Xに対する親しみを込めて…用いていたとしても、XとYの年齢や性別、…従業員同士に過ぎないという両者の関係性等に照らすと…「ちゃん」付けで呼ぶことはXに不快感を与えるもの」と判断しました(なお、判決によるとXは1982年生まれ、Yは1978年生まれです)。
②~⑥の言動については、②~④はXに対し不快感や羞恥心を与えるものであるが、⑤⑥は不快感や羞恥心を与えるものであったとはいえないと判断しました。
結論として、①~④の言動が、「社会通念上許容される限度を超えた違法なハラスメントとして、不法行為に当たる」としました。ただ、Xのうつ病等の発症は、CS課におけるクレーム対応等によるストレスも要因であり、Yのハラスメント行為と発症の間には、相当因果関係(ひと言でいえば、賠償が必要となるような関係)はないと述べて、治療費、休業損害等については賠償を認めず、YにはXに対する慰謝料等22万円の支払のみを命じました。

5.本件から学ぶべきこと

本件は、「ちゃん」付けもハラスメントに当たるとして広く報じられたので、ご存じの方もいらっしゃると思います。上記4で整理したとおり、たとえ「親しみを込めて」であったとしても、「ちゃん」付けで呼ぶことは相手に不快感を与え、違法と判断されうる(不法行為として損害賠償の対象となりうる)ことを、よく確認しておきましょう。
ただ、本件では「ちゃん」付け以外にもさまざまな問題行動が見られ、XとYの関係がかなり悪化していた点にも、あわせて注意が必要です。そうした事情が何もない中で、1回「ちゃん」付けで呼んだとしても、直ちに不法行為に当たるとは限りません。しかし、不法行為か否かはともかく、職場においてあえて「ちゃん」付けを使う必然性はありませんから(「さん」付けで何か問題があるとは思えません)、本判決をきっかけに、職場におけるお互いの呼称に問題はないか、あらためて考えてみるとよいでしょう。例えば、呼び捨てではなく「さん」付けで呼び合うことで、職場の雰囲気が穏やかになることが期待できるかもしれません。
なお、やや細かい点ですが、2点ほど補足しておきます。まず、YとXは部署が異なり、直属の上司・部下の関係ではなかったのですが、裁判所は、Yの役職や、XがYに報告や相談をしなければならないといった実態から、YをXの上司に「類するもの」と述べています。つまり、形式だけではなく実態を見て、YがXに対し優越的な関係にあるとした点は、社内におけるハラスメントの調査・判断等でも参考になると思われます。もう1つは、Yに命じられた賠償の範囲が、Xに精神的な苦痛を与えたことに関する慰謝料の部分のみである点です。これも、「ハラスメントを行った以上、とにかくすべてを賠償しなければならない」という話ではなく、どこまで責任が認められるか、丁寧な判断が必要ということです。確かにYの言動はXを精神的に傷付けるものでしたが、精神疾患や休業についてまで責任が認められるわけではない、ということですね。この点も、実務的に参考になるといえそうです。

(2026年3月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書・論文

著書として、労働法のわかりやすい入門書である『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、論文として、「カスタマーハラスメント(カスハラ)の法律問題」成蹊法学97号223頁(2022年)、「カスタマーハラスメント(カスハラ)の法律問題(続)-B to Bカスハラを中心に」成蹊法学100号59頁(2024年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、厚生労働省ハラスメント対策企画委員会委員、東京都カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会委員、労働基準監督官採用試験専門委員など多数。

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