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ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(1)
パワハラと指導の違い
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁
これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new
今回の記事で参照した裁判例は、U銀行事件(岡山地判平成24・4・19 労判1051号28頁)です。
【テーマ】パワハラ(パワーハラスメント)と指導の区別が重要 基本的理解の徹底を!
【概要】
本件は典型的なパワハラの事案です。Y1社(銀行)の社員Xが、上司3名のパワハラで退職を余儀なくされたとして、上司および会社に損害賠償を請求したところ、
上司1名(Y2)のパワハラが認められ、その上司および会社の責任が認められました。
【事案の流れ】
本件のパワハラは、Xが病気(脊髄空洞症)で約2か月半の入院、約2か月の自宅療養を経て復帰し配属された職場(A支店)で上司(支店長代理)のY2により行われました。
なお、Xには後に身体障害者4級の認定を受けるほどの後遺症(左肩、左肘の障害)があったのですが、Y2は、Xの病状、体調について、ほとんど把握も配慮もしていませんでした。
その後、Xは数回の異動を経て定年の6年前にY1社を退職し、本件訴訟に至ります。
【パワハラ行為】
Y2が、ミスをしたXに対し、「もうええ加減にせえ、ほんま。…中略… 辞めてしまえ。足がけひっぱるな。」、「足引っ張るばあすんじゃったら、おらん方がええ。」、「いままで何回だまされとんで。あほじゃねんかな、もう。普通じゃねえわ、あほうじゃ、そら。」と言ったり、他の社員(B)を引き合いに出して(Xは)B以下だ、と言ったりするなど、厳しい口調で頻繁に叱責していたことが裁判所によって認定されました。
【裁判所の判断】
裁判所は、Y2の叱責は健常者であっても精神的にかなりの負担を負うものであり、復帰直後で後遺症もあったXにとってはさらに精神的に厳しいものであって、Y2がXの病状、体調に無配慮であったことに照らすと、Y2の行為はパワハラに該当する、と判断し、Y2個人の不法行為責任(民法709条)、Y2の雇用主としてのY1社の使用者責任(民法715条)を認め、Y2とY1社に連帯して損害を賠償することを命じました(なお、Y2以外の上司らのパワハラは否定されました)。損害額は、パワハラと退職に直接の因果関係(相当因果関係)はないとして、Xが定年まで勤続した場合にもらえるはずであった賃金(「逸失利益」約2500万円)は認めず、慰謝料100万円および弁護士費用10万円を認めました。
【本判決から学ぶべきこと】
部下(X)の人格を攻撃するような上司(Y2)の言動は、たとえミスに対する指導という一面があったとしても、社会通念に照らし許されず違法である、というのが裁判所の基本的な立場であり、本判決も同じ立場です。また、やや特殊な事情として、病気のため部下の身体に不調がありましたが、本判決からすると、そのような状況下での叱責はより大きな精神的負担につながるため、パワハラと評価される可能性が高まる、と考えておくべきでしょう。
企業の対応としては、上司が法的責任を負いうることで指導の際に萎縮することを防ぐためにも、基本に立ち返り、管理職層への研修等を通して、「厳しい指導」と「パワハラ(人格への攻撃)」の区別を徹底することが重要だと考えられます。その上で、指導の際は部下の体調への配慮を忘れないことも、あわせて確認しておくとよいでしょう。
(2012年10月)
原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法
労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。
労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。
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