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ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(2)
パワハラか否かの認定のポイント
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁
これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new
今回の記事で参照した裁判例は、W社事件(東京地判平成24・3・9労判1050号68頁)です。
【テーマ】違法なパワハラ(パワーハラスメント)か否かの判断枠組み パワハラ認定のポイントは?
【1.概要】
本件は典型的なパワハラの事案です。Y1社(ホテル運営会社)の社員Xが,上司Y2から複数にわたるパワハラ行為を受けたとして損害賠償等を請求したところ,そのうち1つの行為(脅迫的な電話)がパワハラと認められ,上司および会社の責任が認められました。
【2.事案の流れ】
Xがパワハラであると主張したY2の行為(主なもの)は,①酒席での飲酒の強要,②帰社命令に反し直帰したことに対する「私,怒りました…私,(Xの)辞表を出しますんで」という電話(留守録),③「ぶっ殺すぞ」などとする脅迫的な電話(詳細は3)です。なお,背景事情として,取引先への回答等を度々遅延するなど,入社当初からXの勤務態度にやや問題があったことが裁判所によって認定されています。
Xは,精神疾患(適応障害)を理由に休職後,休職期間満了となり,入社から約1年半後に退職(自然退職)扱いとされ本件訴訟に至ります(なお,Xは退職扱いも無効であると主張しましたが,認められませんでした)。
【3.パワハラ行為】
Y2が,夏季休暇を理由にXが海外出張の打ち合わせを断ったことに怒り,Xの留守番電話に「でろよ!ちぇっ,ちぇっ,ぶっ殺すぞ,お前!A(Xの同僚)とお前が。お前何やってるんだ!お前。辞めていいよ。辞めろ!辞表を出せ!ぶっ殺すぞ,お前!」と録音した行為につき,Y2とY1社の法的責任が認められました。
【4.裁判所の判断】
(1)判断枠組みとして,パワハラが違法(不法行為〔民法709条〕)となるのは,人間関係,行為の動機・目的,時間・場所,態様等を総合考慮し,「企業組織もしくは職務上の指揮命令関係にある上司等が,職務を遂行する過程において,部下に対して,職務上の地位・権限を逸脱・濫用し,社会通念に照らし客観的な見地からみて,通常人が許容し得る範囲を著しく超えるような有形・無形の圧力を加える行為」と評価される場合であると述べました。
(2)Y2の行為につき,上記2①は飲酒の強要といわれても仕方がなく,2②は一種のパワーハラスメント的要素を含んでいるものの,不法行為とまではいえないと判断しました。他方,上記3については,脅迫・強要行為にあたり,通常人が許容しうる範囲を著しく超える害悪の告知を含み,脅迫罪(刑法222条)を構成するほどの違法性を備えているとして,不法行為に該当すると判断し,Y1社とY2に連帯して損害の賠償(慰謝料70万円)を命じました(民法709条,715条)。
【5.本判決から学ぶべきこと】
実は,「パワハラとは何かを定義し,定義にあてはまる行為を違法とする」ような「パワハラ禁止法」は存在しません。そこで裁判では,多くの場合,パワハラが「不法行為」(民法709条)に当たるか否かが争われます(不法行為をした上司等は損害賠償責任を負い,会社も雇用主として使用者責任〔民法715条〕等を負うことになります)。
上記4(1)は,一般にパワハラと呼ばれうる行為が不法行為に該当するのはどのような場合か,一言でいえば「違法なパワハラか否か」の判断基準をこれまでの判例もふまえてまとめています。企業としては,裁判所の考え方をわかりやすく示したものとしてしっかり理解し,実務対応の基礎として参考にするとよいでしょう。
違法なパワハラか否かの境界線は,企業にとって実に悩ましいポイントだと思われます。考慮要素は人間関係,動機・目的,時間・場所,態様(行為の内容)であり,部下等に対する圧力がどの程度のものか,通常人が許容しうる範囲を著しく超える圧力と評価できるのか,が判断の目安になるわけですね。
また,具体的なパワハラの認定にも注目しましょう。上記3は明らかに度が過ぎた違法な「圧力」ですが,2①②については,(好ましいかどうかは別として)法的責任を否定しています。判断の具体例として,参考になりますね。なお,今回は発言が「留守電」に残されており,パワハラの事実を認定する重要な根拠となっています。実務でパワハラについて調査する際も,メールや録音といった証拠(物証)が重要な意味をもつこともあわせて確認しておきましょう。
(2013年2月)
原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法
労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。
労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。
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