ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(12)

育児中の契約社員へのハラスメント

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、C病院事件(福岡地小倉支判平成27・2・25労判1134号87頁)です。

【テーマ】契約社員の立場の弱さ,育児の大変さ,どちらも配慮が必要です。

【1.概要】

今回は,有期契約で勤務していた看護師に対するパワハラ(パワーハラスメント)の事例について紹介します。育児を理由とするハラスメント(マタハラ)の要素も含まれています。

【2.事案の流れ】

看護師Xは,平成24年4月,Y1会と期間1年の雇用契約を締結します。Xには9歳,6歳,3歳,1歳の4人の子がおり,3歳と1歳の子を保育園に預け,夫,母と交代で育児を行っていました。平成25年4月の契約更新後,新しく看護師長となったY2から,子の病気等のため急に休むことが多いとして,厳しい言動を受けるようになります。Xは平成25年11月,適応障害のため自宅療養が必要との診断を受け,平成26年3月まで病気休業し,Y1会を退職するに至ります。XがY1会およびY2に対し損害賠償を求めたのが本件です。

【3.ハラスメント行為】

Y2の言動のうち,①Xが,数日前から子がインフルエンザに罹患し,自分にもその疑いがあるとして受診(検査)と早退を申し出たことについて,「受診してもいいけどしない方が良いんじゃない。Xさんもう休めないでしょ」と検査をしないよう求める発言をしたこと,②発熱のため子を迎えに来て欲しいと保育園から連絡を受けたXに対し,「子供のことで一切職場に迷惑をかけないと部長と話したんじゃないの。年休あるから使ってもいいけど。私は上にも何も隠さずありのままを話すから。今度あなたとは面談する」と発言したこと,③定例の面談の席で,「私が上にXは無理ですと言ったらいつでも首にできるんだから」などと発言したこと,④Xの仕事上のミスについて,他の看護師の前で厳しく叱責するとともに,そのミスに関与した他の看護師よりも厳しい対応として,Xにだけ反省文の提出を求めたこと,以上4点がハラスメント行為と認められました。

【4.裁判所の判断】

上記3の①~④につき,客観的には部下という弱い立場にあるXを過度に威圧する言動と評価すべきであって,社会通念上許容される相当な限度を超えて過重な心理的負担を与える違法なものと認めました。特に,③の発言は,Xに雇用契約の継続について不安を生じさせうるものであり,部下に対し過度に不安を生じさせる違法な言動であると判断しています。結論として,Y2の不法行為責任(民法709条),Y2の使用者としてのY1の責任(民法715条)を認め,休業を余儀なくされたことによる損害や慰謝料など,総額約120万円をY1会とY2に連帯して支払うことを命じました。

【5.本判決から学ぶべきこと】

有期契約の社員(契約社員)は,契約が更新されないことを恐れて,会社に対し思うように物が言えないなど,構造的に不安定な立場にあるといえるでしょう。本件では,上司による,雇用の継続に不安を生じさせるような言動が違法であると評価されました。人事労務管理の場において,契約社員が抱える「更新の不安」に配慮した言動が求められることを確認しておきましょう。
また,本件はパワハラの事案として争われていますが,実質的には,育児による休暇取得などを契機とするマタハラの要素も見られます。確かに,育児等を理由とするものであっても,部下の急な休みは上司にとって負担となるかもしれません。しかし,法政策として,また,社会全体として,仕事と育児・介護の両立は重要な課題です。2016年3月に改正された男女雇用機会均等法,育児介護休業法では,同僚等によるマタハラや介護を理由とするハラスメントの防止措置が事業主に義務づけられました(2017年1月施行予定)。長期的には社会全体の労働時間の削減も必要になってくると思われますが,まずはこうした法改正をふまえ,ハラスメントを防止し,両立を支援していく様々な取り組みが求められているといえます。

(2016年7月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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