ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(13)

虚偽の申立てへの対応

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、B社事件(東京地判平成27・3・27労判1136号125頁)です。

【テーマ】虚偽の申立てがあった場合,申し立てられた側へのケアを十分に!!

【1.概要】

今回は,虚偽のパワハラ(パワーハラスメント)の申立てを受けた従業員が結果として退職し,会社に法的責任が認められた,比較的珍しい事例について紹介します。

【2.事案の流れ】

Xは,ソフトウェア会社の従業員で,インストールのサポート業務を同僚のAと二人で担当していました。XはY社の前身の会社に平成18年に入社後,体調不良による退職をはさんで平成22年からY社で勤務し,Aは平成20年からY社で勤務していました。しかし,Aは顧客や社内のエンジニアとの間でうまくコミュニケーションが取れず,サポートの依頼を自分の仕事ではないとして断ったり,独自のルールで必要性の低い作業を要求したりするなどの問題があり,内外から苦情が寄せられていました。Xは上司の技術部長に対し状況を報告し,Aをサポート業務から外すなどの改善を繰り返し求めるとともに,直接Aにメール等で注意も行っていました。ところが,Aは,Xがパワハラを行っているという申立てをY社に行いました。その後もXは改善を繰り返し訴えますが,具体的な対策は行われず,平成25年にXはY社を退職し,Aとのトラブルについて適切な対応をとらなかったとして同社に慰謝料の支払いを求めました。

【3.ハラスメントであると主張された内容】

Xは,Aと共に仕事をするのは難しく自分にAの指導はできないこと,Aに仕事を任せられないため他部署への異動を検討してほしいこと,Aとの話し合いは意味がないためサポート体制自体を変更してほしいことなどを繰り返し技術部長に訴えました。これに対し,Aは,Xが自分の仕事を奪い,個人攻撃をしているとしてパワハラの申立てを行いました。しかし,Y社の人事部が行った調査により,パワハラの事実は無かったと判断され,裁判所もパワハラの事実が無かったことを前提に判断を行っています。

【4.裁判所の判断】

裁判所は,まず,広告代理店D社事件最高裁判決(※1)によって示された,会社は従業員に対し業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう注意する健康配慮義務(安全配慮義務)を負う,ということを確認しました。
その上で,実際にはパワハラの事実はなく,Xに特段の帰責性のない本件において,二人体制のもう一人の同僚からパワハラで訴えられるというトラブルは,客観的にみてもXに相当強い心理的負荷を与えたと認めました。そして,Y社はAを他部署に配転してXとAを業務上完全に分離する,または,Xに負担が偏らないようにXとAとの業務上の関わりを極力少なくするなど,トラブルの再発を防止し,Xの心理的負荷等が過度に蓄積することのないように適切な対応をとるべきであったと判断しました。結論として,そうした対応をとらなかったY社には健康配慮義務(安全配慮義務)に違反した債務不履行責任(民法415条)等があるとして,慰謝料50万円の支払いを命じました。

【5.本判決から学ぶべきこと】

第一に,申立てについては,虚偽である可能性を排除することなく,慎重に対応することが必要です(→本連載〔第6回虚偽のハラスメント申告は法律問題に〕も参考になります)。本件ではY社がパワハラを否定する判断を行っており,その点に限っては適切な対応がなされています。
第二に,申立てが虚偽であると判明したとしても,被申立人(X)には大きな心理的負荷が生じているという点です。本判決は,安全配慮義務(労働契約法5条)の一類型であり,健康面に着目した呼び方である「健康配慮義務」違反の問題として判断しています。理論的には,働きやすい良好な職場環境を維持する義務として会社が負う「職場環境配慮義務」の問題と考えることもありえます。本件では適切な対応を何もしなかったため,Y社は貴重な従業員を失うだけでなく,法的責任も負う結果となりました。いずれにしても,従業員間のトラブルを「当事者同士の問題」とするのではなく「会社自身の問題」と位置付け,業務の分離や見直しなどの対応を検討することが重要といえるでしょう。

※1 広告代理店D社事件(最二小判平成12・3・24民集54巻3号1155頁)…平成28年秋に報じられた,女性従業員の自殺が労災と認定された事案とは別のもので,うつ病に罹患し自殺した従業員の遺族が損害賠償を求め,D社の健康(安全)配慮義務違反が肯定された事件です。

(2016年11月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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