ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(28)

SOGIハラ(ソジハラ)の問題について

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、国・人事院(L省職員)事件(東京高判令和3・5・27労判1254号5頁)です。

【テーマ】SOGIハラ(ソジハラ)の問題についても理解を深めましょう。

1.概要

今回は、いわゆる「SOGIハラ」、具体的には、トランスジェンダーの労働者に対する上司の不適切な言動について、使用者の賠償責任が認められた事件を紹介します。

2.事案の流れ

平成7年4月から国家公務員として勤務していたXは、身体的性別は男性、性自認は女性で、平成11年頃に医師から性同一性障害の診断を受けました。性別適合手術は受けておらず、戸籍上の性別は男性ですが、平成20年頃から私的な時間はすべて女性として過ごしていました。平成21年、Xは勤務先であるL省に自身が性同一性障害であると伝え、女性職員として勤務したいと希望しました。同省はXと面談等を重ねた上で、平成22年7月、Xが性同一性障害であることに関する説明会を所属部署の職員に対して行い、以来Xは女性の服装で勤務するようになりました。
ただ、女性用トイレの使用については、他の職員への配慮の観点から、所属部署から2階以上離れた階の使用のみを認める(所属部署のある階と上下1階は使用不可)とされました。そこでXは、人事院に対し、トイレの使用に制限を設けないことなどいくつかの措置を要求しましたが(国家公務員は勤務条件について「適当な行政上の措置」を要求する権利があります〔国家公務員法86条〕)、人事院は要求を認めない旨の判定を行いました。
Xは国(Y)に対し、①人事院の判定の取消し、②トイレの使用制限に関する慰謝料など損害賠償の支払いを求めて訴訟を提起しました。なお、②については、上司による下記3の言動についての慰謝料も求めました。地裁(東京地判令和元・12・12労判1223号52頁。下記5も参照)は、トイレの使用制限及び上司の発言を違法と判断し、①について人事院の判定のうち使用制限に関する部分を取り消し、②について慰謝料120万円等の支払いをYに命じました。双方が控訴したのが本件です。

3.ハラスメント行為

XとL省側の面談において、Xの上司(所属長)であるAが、「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか」と発言しました。

4.裁判所の判断

まず一般論として、「自らの性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは、法律上保護された利益である」と述べました。その上で、L省としては「他の職員が有する性的羞恥心や性的不安などの性的利益」を考慮する責任があることも否定し難いとして、トイレの使用制限は同省が積極的に対応策を検討し、Xら関係者との対話と調整を通じて決められたものであること、Xにも十分配慮されたもので、Xも納得して受け入れていたと認められることなどを挙げて、①トイレの使用制限(及び人事院の判定)の違法性を否定しました。
他方、上司Aの発言は「Xの性自認を正面から否定するもの」であり、「法的に許容される限度を超えたもの」であるとして、②Aの発言の違法性を地裁と同様に認めました。加害者のAが公務員であるため、国家賠償法という法律に基づき、使用者Y(国)に慰謝料の支払いを命じました(ただ、地裁と異なり①の違法性を否定した関係で、慰謝料の額は10万円に減額されました)。

5.本件から学ぶべきこと

まず、トランスジェンダーの方について、性自認に基づいた性別で生活することが「法律上保護された利益である」という一般論が、高裁レベルで示されたことに要注目です。企業として様々な対応をする際に基礎となる考え方として、よく確認しておきましょう。
そもそも、性自認に基づいた生活を営むことは、一人ひとりに尊重されるべき、きわめて基本的かつ重要な事柄です。しかし、トランスジェンダーの方が戸籍や外見によって性別を判断され、その性別に基づく生活を余儀なくされたりすることについて、社会の理解はまだまだ十分とはいえません(例えば、「男性に見える人が女性トイレを利用することで、性犯罪に巻き込まれるのではないかという不安を女性に想起させる」といった考え方がありますが、性犯罪は性自認と関係なく引き起こされる可能性があるものです。トランスジェンダーと性犯罪が結びつくように語られること自体、問題があります)。社会全体として、LGBTQ*1についての理解を深めていくことが求められています。
他方で、使用者としては、一人の労働者に対してどのように対応するのか、という視点だけでなく、職場環境全体をどのように整備していくのか、という視点も重要です。今回はL省が様々な対応をした事実も確認できますし、判決ではトイレの使用制限は違法とはいえないとされました。しかし、職場のメンバーに対する啓発や理解の促進はどのように行われていたのか、一人ひとりがいわば自分事として考える機会があったのかなど、取り組みが十分であったかどうかについて疑問が残らないとは言い切れません。最近では、LGBTQに関する情報に触れる機会は増えてきたと思われますが、仮にご自身の職場でXと同様の要望があったとすると、どのような対応や工夫ができそうでしょうか。多様な性のあり方に配慮した職場を目指すには一定の時間が必要で、相談があって初めて対応を考えるのでは間に合わない、といえる面もあります。
この点、トランスジェンダーの従業員をサポートするための制度やガイドライン等の整備を進める企業は増えていますし、厚生労働省もそうした取組事例を集めた資料を公開しています*2。これらの事例等も参考にしながら、LGBTQを含めた多様な人たちとともに働くためにはどのような姿勢(心構え)や準備が必要なのかを検討し、議論を深めておくことにも意義があるといえるでしょう。
最後に、今回の上司Aの発言はまさにSOGIハラ(性的指向〔Sexual Orientation〕と性自認〔Gender Identity〕でSOGI〔ソジ〕ですね)といえるもので、ハラスメントとして法的責任が生じることは当然といえます。SOGIハラは法的にはパワハラの一種であり、今回の言動はパワハラ6類型の「精神的な攻撃」や「個の侵害」に該当しうるものです。2022年4月から、これまで猶予されていた中小企業についてもパワハラ防止措置が義務化されます。SOGIハラもパワハラであることを意識し今後一層の周知啓発を進めていくことが求められます。

  • *1.Lesbian(同性を好きになる女性)、Gay(同性を好きになる男性)、Bisexual(両性を好きになる人)、Transgender(生物学的・身体的な性、出生時の戸籍上の性と性自認が一致しない人)、QuestioningまたはQueer(自身のセクシュアリティを決めない、決められない、分からない人)の頭文字より。なお、法務省Webサイト「多様な性について考えよう!」も参考になります。
  • *2.厚生労働省Webサイト「性的マイノリティ等多様な人材が活躍できる職場環境について」で資料が公開されています。

(本原稿は、弊社専門家ネットワーク中島潤さんにもご助言をいただき作成しました。)
(2022年3月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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