ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(34)

ミーティングの中止や無視とパワハラ

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、N社事件・京都地判令和6・2・27労判1313号5頁です。

【テーマ】ミーティングを中止したり、部下を無視したりすることも、パワハラに当たります。

1.概要

今回は、仕事上の意見の対立等を背景に、上司が定例ミーティングを中止したことや部下からの問い掛けを無視したことが、パワハラとして不法行為と認められた事例を紹介します。

2.事案の流れ

保健師X1、X2は、2018年4月から紹介予定派遣の形でY1社の健康相談室(医務室)で勤務し、常勤の産業医Y2の行う面談等の補助、書類管理、健康診断等への対応、カルテ整理業務(紙のカルテのデータベース化)等に従事していました。X1らとY2の間では週1回の定例ミーティングが行われていました。(紹介予定派遣:労働者派遣の一種で、派遣終了後に派遣先が正社員等として採用する可能性があることを前提に、派遣労働者として一定期間働くというものです。)
ところが、2018年6月15日のY1社の内々定会(午前中に内々定者が健康診断を受け、午後の社内見学や面談等の終了までに健診結果の交付や異常所見が見つかった場合の保健指導を行う行事)において、トラブルが発生しました。具体的には、Y2がX1らに健診結果の誤りの確認(Y2とのダブルチェック)を求めたつもりでいたところ、X1らは異常所見の有無の確認程度でよいと認識していたため、ダブルチェックをせずにY1社の人事部と別件の打ち合わせをしていたことについて、Y2が人事部に抗議したというトラブルでした。これ以降Y2とX1らの関係は悪化し、Y2は下記3のような言動、態度を取るようになりました。X1らはこれらが不法行為に当たり、Y1社はY2の使用者として使用者責任を負うなどとして、Y1社及びY2に対し慰謝料を請求しました(民法709条、715条)。
なお、X1らは6か月の紹介予定派遣の期間終了後、Y1社に採用されることなく退職しました(同じ裁判の中で、X1らは自分達を採用することもY1社に求めますが、採否の決定についてはY1社に裁量があるため、この主張は認められませんでした)。以下ではハラスメントの問題に絞って紹介します。

3.ハラスメントと主張された行為

X1らは、Y2が①X1らにカルテ整理業務を優先させるため他の業務から外したこと、②週1回の定例ミーティングを廃止したこと、③上記の内々定会の件でX2がY2に謝罪した際、顔をパソコンに向けたまま「その話は後で聞くからいい」と言ったこと、④X1が地震の影響で休む旨を電話連絡した際、相槌を打つことなく「わかりました」とのみ言って切ったこと、⑤X1らが昼休みに健康相談室に行き、午後からのオリエンテーションについて話しかけた際、問いかけを無視して相談室のドアを閉めたこと、⑥Y2が1か月の入院後に復帰した際、ほかの従業員に挨拶をしたのとは異なり、X1らには「指示はまたメールでします」とのみ述べたこと、以上①~⑥がパワハラに当たると主張しました。

4.裁判所の判断

裁判所は、まず、労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)のパワハラの定義を参照する形で、「職場における優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境を害し」、苦痛を与えた場合、その言動は不法行為に該当すると述べました。
その上で、上記3のうち、②のミーティング廃止、⑤の問い掛けの無視、⑥の差別的な言動、以上3点について、いずれも「不当な目的」があり、②⑤は業務上の必要性が認められず、⑥はコミュニケーションをとらないという態度を示すものであるとして、パワハラに該当すると判断しました。
他方で、①のカルテ整理業務の優先には業務上の必要性があり、不当な仕事外しではなくパワハラとはいえない、③④はコミュニケーションの取り方として適切ではないものの、直ちにパワハラに当たるとはいえないと判断しました。
結論として、上記の②⑤⑥が不法行為に当たるとして、X1、X2にそれぞれ10万円ずつの慰謝料を支払うことをY2及びY1社に命じました。

5.本件から学ぶべきこと

本件は、怒鳴りつける、人格を直接否定する発言を行うといった形ではなく、業務に関するミーティングの廃止や問い掛けに対する無視等をパワハラと認めたケースです。
特にミーティングの実施については、一般に上司などの側に裁量が認められる場合も多く、その廃止がパワハラに当たるのは珍しいといえるでしょう。そこで本件から学ぶべきことの1点目は、業務のあり方に関することも、パワハラとは無縁ではないということです。ただ、パワハラと認めるためには当然それだけの理由が必要になるわけで、本件の場合は、不当な目的があり、廃止に業務上の必要性がないといった点が重視されました。例えば、効率化の目的で不要なミーティングを廃止することが、パワハラに当たるとは言えないですよね。本件では、Y2がX1らと顔を合わせる機会を減らすために、本来行う必要がある定例ミーティングを廃止した点が問題とされたわけです。
学ぶべき2点目は、日常的なコミュニケーションのあり方についても注意が必要ということです。Y2がX1らからの問い掛けを無視したことがパワハラとされた点について、確かにパワハラ6類型には「人間関係からの切り離し」があり、代表例として「無視」が挙げられます。しかし、職場で継続的に無視し続けるといったケースと異なり、本件のように「ある1回のやり取り」を違法と認めたケースはあまり見られません。この点も、不当な目的があり業務上の必要性がないことが重視されたといえます。また、Y2が入院から復帰したときの態度についても、他の従業員と比較したとき、X1らに対しあまりにひどい(人格を軽視するともいえる)態度であることから、パワハラとされています。
本件のトラブルの土台には、Y2及びY1社が、保健師は産業医の指示を受けてサポート業務を行うものだと考えていたのに対し、X1らはそうした考え方は誤っていると感じるなど、X1らとY2の間に業務のあり方等について考え方の相違があったこともあるようです。こうした違いが、X1らとY2の関係の悪化、そしてハラスメントの問題につながったということですね。業務に関する考え方やイメージが、個々の従業員で異なる面があることは当然です(本件のように医師、保健師といった専門職であればなおさらでしょう)。そこで学ぶべき3点目として、業務に関する考え方についてもコミュニケーションを重ね、すり合わせを図っていくことが、ハラスメント防止という観点からも重要という点を挙げることができます。
なお、上記4でも触れたように、今回の判決は、いわゆるパワハラ防止法上のパワハラの定義に当たる言動は、基本的に不法行為に当たるとしています。「法律上のパワハラに当たる行為をやったら賠償責任が生じる」のは当然ともいえそうですが、シンプルでわかりやすいですよね。「パワハラをしてはいけない」という周知啓発に役立てることができそうです。

(2024年10月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

その他の記事

フォームからのお問い合わせ

お問い合わせ