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ハラスメント・インサイト法整備の目的 発展めざして取組みを 意味のないボーダー探し
法整備の目的 発展めざして取組みを 意味のないボーダー探し
この記事は、労働新聞〔中小企業も実現できる!ハラスメントのない職場〕の連載を許可を得て全文掲載しております。
「しない」という視点
ハラスメント防止法の施行に当たっては、2017年度に行われた「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」で、労使の代表者や法学者、弁護士などが集まりさまざまな議論がなされた。この検討会で、「ハラスメント行為は許さないということは共有できるけれども、具体的に何をすれば良いのか」というテーマで話し合った際、「相手に『ハラスメントをしない』というアプローチがあり得るのではないか」という意見が出たのを、今でも鮮明に覚えている。
これはつまり、ハラスメントの行為者となり得る者がその行為を「しない」ことで、被害者はおのずから生まれない、ということを意味する。経営者や上司はもちろん、同僚同士や顧客からのカスタマーハラスメントも含めて、誰もが行為者になり得ると自覚し、その行為を行わないことを日常的に意識しながら業務に当たれば、深刻なハラスメントを予防することにつながるわけだ。
その流れを汲み、ハラスメント防止法においては事業主の責務規定として「職場におけるハラスメントを行ってはならないことその他職場におけるハラスメントに起因 する問題に対する自社の労働者の関心と理解を深めること」が明記されている。一人ひとりがハラスメントを「してはいけない」ということを十分に理解できるよう、会社は従業員に周知していくことが求められており、その周知を受けた労働者もまた、ハラスメントをしないよう、その言動に注意を払う責務があるということが記載されているのだ。
ハラスメント防止は、職場の一人ひとりが「自分はハラスメントをしない」という意識を高めることが大切である。
では、ハラスメント言動かどうかのボーダーラインはどこにあるのだろうか?
まず強調したいのは、ハラスメントかどうかの基準は「相手を傷付ける言動かどうか」である点だ。2019年にILOが定義した職場のハラスメントは「身体的、精神的、性的、経済的に相手を傷つける許されない言動」となっている。それは意図的か無自覚かを問わず、単発か繰り返されるかも問わず、ジェンダーに基づく暴力や言動も含むものである。無自覚な言動も含まれるということは、誰もが知らず知らずのうちに行為者になるのは避けられないということも意味する。人格攻撃や人権侵害、差別、侮辱につながる行為をしないと意識することと併せて、「そんなつもりはなかった」という無自覚なものも含まれることを理解するだけでも、ハラスメント言動の抑制につながる。
日本では「相手が不快に感じたらハラスメント」という認識が広まっているが、これだけが基準ではあいまいで問題を深刻化させる。嫌いな上司から言われた一言は不快だろうが、業務に必要な注意叱責であればほとんどの場合、ハラスメントにはならない。一方で、ハラスメント行為について相談した相手から「私はそんなに不快じゃない、ちょっと敏感すぎるんじゃないか?」といわれてしまい、問題が放置されてしまう危険がある。ある言動についての「感じ方」を基軸にするのは間違いではないが、それで線引きはできない。
取引にも影響与える
一方で、無自覚な言動もハラスメントと認定されてしまうとなると、うっかり誰とも会話ができないように感じてしまうだろう。誰もがハラスメント行為をしたいと思っていないし、誰かを傷つけてしまうのを恐れている。
しかし、残念なことに私たちは誰もが時々間違いや過ちを犯してしまうし、自分と他者がそもそも同じ考えや価値観で仕事をすることなどあり得ない。意見が衝突したとき、どんなに相手を理解しようと努力しても、分かり合えない部分もあり、それがハラスメントに発展することもある。完璧にハラスメントを撲滅=ゼロにすることは、残念ながらあり得ないのだ。つまり、ハラスメントのボーダーラインを探すことに、「意味がない」のである。
大切なのは、うっかりハラスメント言動をしてしまった後、相手にどのような態度を示すかだ。真摯に謝罪し、繰り返さないと約束することで、深刻化を防ぐことができる。これはボーダーラインを探すより、ずっと簡単で有効な手段だ。
そもそも、ハラスメント防止は何のために行う必要があるのだろうか。メンタルヘルス不調者を出さないため、会社がハラスメント問題で訴えられないため――などの理由が考えられるが、そもそもハラスメント行為が見逃されている企業は、今後存続が難しくなるだろう。
最近の若年層は、就職活動が終わるとすぐに転職サイトに登録する人が多くなっている。今よりもやり甲斐があり条件が良い会社はないかと情報をいつも集めており、躊躇なく転職もする。なぜなら、右肩上がりの経済成長が見込めない現在では、かつてのように長期間同じ会社で勤め上げれば出世して賃金が上がる、などという幻想は持ち得ないからだ。さらに、ハラスメント問題でメンタルヘルス不調や自殺といったニュースも日常的に目にしている。少しでもハラスメントの予兆があれば、次世代を担う人材が簡単に流出してしまうのだ。とくに、中小企業の人材流出は経営危機に直結する。
加えて、ハラスメントの存在は取引に大きく影響する。一旦自社のハラスメント問題が世に出てしまうと、ビジネスパートナーとして選ばれなくなってしまう時代なのだ。
ハラスメント問題に企業が取り組む目的は、企業の存続と成長発展のためであるという認識を、経営陣から現場の一人ひとりまで理解する必要がある。そのために、会社を構成する個人が、ハラスメントを他人事にせず、身近にいつでも起こり得る問題として自覚し、予防していく風土を作っていくことが何より大切だ。
労働新聞 第3348号 令和4年(2022年)4月11日
執筆:株式会社クオレ・シー・キューブ 取締役 稲尾 和泉
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