ハラスメント・インサイトダイバーシティ&インクルージョンな社会を創るためにできること

ダイバーシティ&インクルージョンな社会を創るためにできること

(株)クオレ・シー・キューブ 取締役 稲尾 和泉 × 研修講師/発信者 中島 潤 氏

稲尾:
「東京レインボープライド2022」開催に際して、私どもも一協賛企業として理解を深め、いろんなことを発信したいと思い、今日は中島潤さんをお迎えしました。中島さんはLGBTQに関して講演など多岐に渡ってご活躍されており、私どもの専門家ネットワークのメンバーでもあります。

中島:
こんにちは、中島潤と申します。現在、関東を中心に「多様な性」に関しての発信活動を続けている1人です。私と「LGBTQ」というテーマの関わりというところも含めて自己紹介をさせていただきます。
私は、出身は福岡で、今日もその福岡の植物園の背景をバックとして、お話をさせていただいています。進学を機に、東京に出てきましたが、東京に進学しようと思ったきっかけは、自分自身がトランスジェンダーだと気づいたことでした。
高校生ぐらいの時に、トランスジェンダーという単語を初めて知って、ネット上で検索している中で「トランスジェンダーの人って、東京にいるらしい」という情報を手にして、今でこそ「それって間違った情報だ」と私は知っていますが、当時高校生の私は「東京に行かないと、トランスジェンダーの人には会えないんだ」と思っていて、そして東京の大学に行くという選択をしました。
東京の大学で学ぶ中で、様々なLGBT系の大人たちと出会うことができて、そしてLGBTQであることを明かして生活する人とも繋がることができ、自分自身もトランスジェンダーとして、それを明かしながら生きていきたい、と思うようになりました。
大学を卒業した後は、トランスジェンダーであることを明かした状態で、民間企業に就職して、5年ほど営業の仕事と販売管理などの仕事に携わった経験があります。
こちらの5年間の勤務後、会社を一度退職して、大学院に進学して、社会学・ジェンダー論を学びました。大学院での学びを経て、今はNPO法人や民間企業など、様々なところと関わりつつ、自分自身でも「性の多様性」に関する発信活動を続けているという状態です。
特に「子どもたちに向けての発信」と「大人同士の学び合い」が最近ホットなテーマです。

稲尾:
中島さん自身の「気づき」から、発信活動に軸を置いて活動されていると思うんですけれども、「性の多様性」に関する認識を広める活動がどのように変化してきたのか、教えていただいてよろしいですか?

日本におけるLGBT啓発の現状

中島:
「性の多様性」についてその認知というところは、この10年、5年で大きく変化があったと私自身、感じています。
私が「LGBTQ」や「多様な性」に関する発信を始めたのが2008年頃だったと思うんですけれども、その頃は、講演や研修の場で「LGBTって聞いたことありますか?」と会場に向かって質問をすると、100~200名の会場でも手が挙がるのが、3~4名だった記憶がございます。
ただ、今では「LGBTって聞いたことありますか?」と質問すると、ほぼ皆さんの手が挙がるという状況になっていて、「言葉が知られている」ということは、大きく実感をしています。
日本国内の動きを見てみると、例えば、2010年には内閣府「子ども・若者ビジョン」に性的マイノリティに関する記述が入ったり、2012年には内閣府「自殺総合対策大綱」に性的マイノリティに対する対策が記載されたりということがありました。やはり、その頃から課題の「可視化」が進んできたと思われます。
また子どもたちに関しては、2015年文部科学省から「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」という通知が出され、2017年には同省より出された「いじめの防止等のための基本的な方針」の改定及び「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」の策定により、性的マイノリティは(いじめの)ハイリスク層だから教員も勉強するようにという通知が出されています。

働く人たちというところでは、厚生労働省から「公正な採用選考」について基本的な考え方が出されました。その中で、LGBTなど特定の人を排除しないことが必要であるという記述が2016年から入っていることが確認できます。

その他関連する法律としては、2017年に「セクハラ指針」の改正が行われたタイミングで、性的指向や性自認に関するハラスメントもセクハラに当たり得るということが記載されたり、特に大きかったのは、2020年「パワハラ防止法」の改正にあたって、性自認や性的指向に関するハラスメント、それから、誰かの性のあり方について、本人の同意なく第三者に暴露してしまう「アウティング」はパワハラに当たり得るということが示されたので、このあたりから、企業の取り組みが加速された状況もあると推察いたします。

稲尾:
子どもをどう守るか、学校の先生の勉強会が企業よりも先行していたと私も伺っていました。私たち、企業で働くメンバーとしてはそういう情報をあまり知らない、あまり触れてこなかった状況で、今、実際に仕事をしていくうえで、SOGIハラなどについて「どうしていったらいいのだろうか」と悩んでいるご担当者もたくさんいると思います。これからどのように「みんな違っていい」という会社組織を作っていくか。そのあたりで、中島さんとしてはどのようなことが課題だとお考えですか。

多様性を受容する組織づくりの課題

中島:
確かにLGBTという言葉は知られるようになってきたし、法律の整備も含めて考えると、「社会の中で取り組まなければならない課題」であるという認知は、ますます増してきている状況だと思います。一方で、そのテーマや課題が、「身近なものになっているか」という側面から考えてみると、まだまだ「話題にはなっているけど、自分の職場には関係ない気がする」「言葉は知っているけれど、LGBTの人に会ったことあるかと聞かれると、自分の知り合いにはいない」という感覚があるという声を聞くことがあり、「自分ごとにしていく」とか「身近なテーマとして考え続ける土壌を作る」という点は、これからも課題だろうと感じます。
ただ、この「身近なことにする」という観点では、おそらくLGBTQの話題だけをテーマに取り上げるのではなく、ダイバーシティ&インクルージョンという広い視野に立って、他のテーマとも一緒に考えていくことが有効だろうと思います。
企業で多様な人材が活躍できるようにするというのは、経営戦略として位置付けられることが当たり前になってきている状況があると思うのですが、その一つに「LGBTQ・SOGI」のテーマも入るという位置付けで、「女性」というテーマですとか、「障害者」、「エスニシティの違い」、「宗教の違い」というようなところと合わせて、「SOGI」というテーマについても、みんなで考えてみよう。これは「誰かだけのためではなく、みんなが働きやすい職場のため」というところに繋がっていくと、自ずと「自分ごと化」される場面が増えるのではないかと期待しています。

稲尾:
まさにダイバーシティ&インクルージョンは、どの企業でも標準になっていて、それが企業を活性化するとか、自分たちの企業そのものの成長に繋がるというところは、私たちもビジョンとして持っているところです。ただ、お話にあった「身近に感じる」というところがなかなか浸透しない。頭では理解しているけれども具体的にはどうしたらいいのだろうか?そんな戸惑いがあちこちで聞かれます。この辺りについて中島さんはどのようにお考えですか?

頭では理解している課題を身近にするには?

中島:
研修だけでは、なかなか身近感が醸成できないという企業のお困り事は耳にします。だからこそ、取り組みを、企業の中だけで完結させようとするのではなく、社会全体でこの課題にどう取り組んでいくか、様々な側面からアプローチできる機会を増やしていくことが大事だろうと思っています。
今回の「東京レインボープライド」もその一つの実践例かと思うのですが、社会の中で課題が可視化されていくことや、世の中での議論が進むことが、結果的に企業の取り組みに影響を与えるということが、これまでもあったと思いますし、その逆で、企業が取り組みを進めることで、社会での議論が醸成されていくという側面もあり、両方で影響を及ぼし得るものだと思うので、という両輪で進むといいのではないかと思います。

稲尾:

プライドイベントイメージ
一企業の中で考えるには限界があって、ネットワークを作ったりしながら、全体でどう盛り上げるか、というところですね。
そういう意味では「東京レインボープライド」には一定の価値・成果を私は感じていて、私もコロナの前は、ゴールデンウィークに代々木公園に行って、プライドパレードに参加しました。自分自身がとても自由になった気がするんですよね。「ハッピープライド!」と言いながら歩いたり、そういうところで私自身がすごく開放された気分になりました。「こういう世の中っていいな」と実感したり、そういった価値が「東京レインボープライド」のようなイベントにはあるのかなと思います。これについて、中島さんはどのように感じていらっしゃるかお聞きしたいと思います。

プライドパレード・プライドイベントについて

中島:
プライドパレードやプライドのイベントについて少しご説明しますと、東京では「東京レインボープライド」という名前で、ゴールデンウィークの期間、代々木公園で様々なブースの出展と渋谷の街をパレードする、「みんなで歩く」という大きなイベントが企画されています。
ぜひ「東京レインボープライド」と検索していただければと思いますが、その代々木公園のブースは、飲食店や様々なお店に加えて、企業が取り組みを発表される「企業ブース」ですとか、大使館が各国の指針についてPRをするブース、それからLGBTQの団体がそれぞれの団体活動を伝えるブースなどがありまして、そのブースを訪れることで、各企業、団体の取り組みを知ることができるという作りになっています。
また、この「プライドパレード」はもともと1970年のアメリカで始まったと言われています。


プライドイベントイメージ
LGBTQは、見た目では性のあり方の違いはわからないので、普段の生活ではわかりにくい、可視化されにくいマイノリティと言われます。そのLGBTQの人たちが「私たち、ここにいますよ」と可視化していくために、街を歩く、パレードの形で、自分たちの存在を知らしめて、同時に「私たちも、あなたとともに生きている人間として、権利があるはずだ」と社会に訴えかけるためのイベントとして開催されているという側面があります。
「私たち、ここにいますよ」と言わなくても、その人たちは存在しているんですけれども、「ここにいるよ」と積極的に伝えなければ、今の社会では「いないこと」にされてしまうという課題があるために続いているイベントとも言えるので、いつかこの「レインボープライド」がなくても当たり前に「ともに生きている」ことが認識されるようになることを望んでいます。それまでの間は、この「プライドパレード」「プライドのイベント」というものがあることで、「普段、そういえば気づいていなかったけれども、一緒に生きているんだよね」と気づくきっかけになったり、「そういう社会課題があるなら、自分も何か考えてみようか」と、今、無関心な方に対して、関心を持っていただくきっかけを提供するという意味では、大変意義深いイベントだと思います。

稲尾:
プライドイベントで中島さんにお会いした時に、中島さんが言った「日頃、それが“ないこと”にされているという裏返し、発散、そういうものがここに溢れているというふうにも感じてもらいたい」という言葉を今でも覚えていて、心にすごく刺さっています。
本当にその通りで、「可視化されない」ということはイコール「ないこと」になってしまう。これはパワハラやセクハラの被害者もそうです。訴えなければ、それはないことになってしまう。声にして初めて、それはそういうことだったんだとわかって、では、どう変えていこう?どうしたらいいだろう?とそこに初めて問いかけや進化が出てきます。
その意味では共通していますし、そういうことで言うと、マイノリティーの方だけではなく、私たちも、声に上げないとそれが可視化されないし、問題としてとらえてもらえないというところでは、可視化する大切さ、それが可視化されないとわかってもらえない悲しさもありながら、それでも声を上げることに意味があるということは、伝えていきたいと思うのです。
その「声の出し方」は、どうしていったらいいか、どのようにお考えでしょうか。

声を上げなければいけないのは誰なのか

中島:
今、パワハラ・セクハラの被害者の方との共通点をお話しいただきましたが、もう一つ、ぜひ共通のテーマとして考えたいことが「声を上げなければいけないのは誰なのか」という点です。
声を上げなければ、いないことにされてしまうという課題があるときに、「当事者が頑張って声を上げればいい」と言われてしまいがちなのですが、普段から抑圧をされている方や、自分自身が被害を受けて傷ついている状態にある人に「声をあげたらいい」と言うのはなかなか難しいことだと思います。
もちろん「声を上げたい」と思った人の後押しをすることも大切ですが、周囲にいる人たちが「それは課題だ、問題だ」と思ったときに、代わりに声を上げることはすごく大切だと思います。
LGBTQのテーマの場合、そのようにLGBTQの課題を自分ごととして考え、行動する方を「アライ」と呼んでいます。この「アライ」の存在が社会の中で可視化されていくこと、「アライ」もいるということがわかるようになっていくことが、実はLGBTQの人たちを含めて、様々な性のあり方を持つ人たちが安心安全に生きられる、信じられる社会に繋がると思っています。

稲尾:
とても大事なポイントですね。私たちもハラスメント研修をするときなどに、周りの人にもっとできることがあるという、その可能性については言及しているところです。
最近、アメリカから入ってきた「アクティブバイスタンダー」という第三者によるアクションが広まりつつあります。

一人一人が当事者であるというのは、性的マイノリティだけのことではなくて、社会全体、あるいは会社の中で、自分ができることをやるという、これをいかに浸透させていくかというのも大きな課題です。

中島:
「アクティブバイスタンダー」という言葉は私もすごく好きで、自分自身もそうありたいと思っています。そうあるために何ができるかを考えると、やっぱり「練習しておく」って結構大事だと思うんです。
「アクティブバイスタンダー」でありたいと願うことも確かに一歩ですが、その状態で、今、例えば目の前で、ハラスメントかもしれない場面に遭遇したとき、私はとっさに何を言えるだろう?と考えると、「とっさの一言シリーズ」というのを、頭の中に思い浮かべていることができるのか、何を言うかで詰まるのかで初動が変わると思っています。避難訓練のようなものかもしれません。もし今、私がその場面に遭遇したら、どんな一言をかけるだろうかという、その「とっさの一言シリーズ」を各自が持っておくだけでも随分変わってくるように思います。
LGBTQに関してのハラスメントやSOGIハラに関しても同じことが言えて、LGBTQの人たちのことを笑いのネタにしているんじゃないか、例えば、「ホモ・オカマ・レズ」といった差別的な用語が聞こえてきたときの「とっさの一言」、何て切り込むかというのを、ぜひ皆さんも、私の「とっさの一言集」を作っていただけたらいいかな、と思います。

稲尾:
そうですね。ハラスメント研修の演習でも「言葉づくり」は効果があると思っています。それを実践してみて、うまくいかなかったらまたそこから積み上げていくなどして、やっていきたいところです。
それでは、これからの活動について、中島さんの展望など、最後にお聞きしてもよろしいですか。

これからのLGBTQの課題

中島:
「東京レインボープライド」やプライドのイベントは、ある意味、祝祭的な側面、お祭りの側面というのがあると同時に、1年の中での数日、数週間であったりします。1年間365日のうちの他の日をどう過ごすかということが、これからのLGBTQの課題だろうと思っています。
「ハレ」と「ケ」で言うと、「ハレ」ではなく、「ケ」の時期をどう過ごすか。お祭りのときに、楽しくみんなとつながるのは大切なことですが、それ以上に日常をどう暮らすことができるか、これから先、安心して年をとることができると思えるかどうかは、その人が長い人生を過ごす中で、重要な土台だと思うので、これからはそういったイベントというような形ではない部分で、日常生活の中での「可視化」をどのように進めていくかという課題に、取り組んでいきたいと思っています。
そのためにどんなことができるか考えてみたのですが、「東京レインボープライド」はLGBTQをテーマにしたイベントと言えると思うのですが、その他の、LGBTQがメインテーマになっていない場面でも、LGBTQのテーマ“も”ちょっと入れるという形が有効なのではないかと思っていて、これは、企業でも実践できると思っています。「LGBTQ研修を1時間」は難しいけれど、でも「ハラスメント研修」の中で2分だけLGBTQのテーマについても話すということはできるのではないかと思います。同様に、LGBTQ専門の相談窓口を作るのは難しくても、今のハラスメント相談窓口でLGBTQの相談も受けられるようにするのであれば、実現可能なのではないかと思うので、自分の身近でLGBTQのテーマ“も”入れるとしたら、どこに入れ込めるかを考えていただけるようなきっかけを、私からも提供し続けたいと思います。

稲尾:
ありがとうございます。LGBTQのテーマを自分の中に落とし込むには、常にそのことについて考え続けるという姿勢が重要だと思うので、私たちのハラスメント研修の、2~3分でこのテーマをお話しすることにはもどかしさを感じるところです。ふだんから「性の多様性」も多様性の一つとして発信していきたと改めて思うところです。
これからも、私どものお客様にも積極的に発信していきたいと思いますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

中島:
ぜひ皆様も「東京レインボープライド」の会場にも足を運んでみてください。ウェブサイトでも様々なイベントの告知されていますので、それをきっかけに、LGBTQテーマも考えてくださる方が増えるとうれしく思います。本日は貴重な機会をありがとうございました。

(2022年4月)

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