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ハラスメント・インサイト対策の継続 定期的に異変可視化を 早期解決促す体制が重要
対策の継続 定期的に異変可視化を 早期解決促す体制が重要
この記事は、労働新聞〔中小企業も実現できる!ハラスメントのない職場〕の連載を許可を得て全文掲載しております。
人は意図せず傷付く
これまで、さまざまな角度からハラスメント対策の重要性とその方法について記してきたが、それらをすべて実施したとして、果たしてハラスメント問題を撲滅できるのか考えたい。
結論からいうと、ハラスメント問題を「ゼロ」にしたり「撲滅」したりすることはできない。なぜならば、私たちはどんなに大切な人(家族や親友など)に対しても、少しも傷付けないで共に過ごすことはできないからだ。
たとえば、両親や夫や妻、子どもに対してイラっとして、「何でこんなこともできないの?」と見下したことがないだろうか。親友だと思っていた相手に、急に疎遠にされたりしたことがある人もいるだろう。そして、それが職場の人間関係という距離感であればなおさらで、部下や同僚のことを知っているつもりでも、実は全く分かっていないことの方が多いのが現実だ。相手のために良かれと思って伝えた言葉が、大きなトラブルに発展することもある。こちらの何気ない言葉や行動に、自分が意図しないところで深く傷付いてしまう誰かがいることは、珍しくない。
アニメーション映画監督の宮崎駿氏が語った「他人に迷惑をかけないなんてくだらないことを誰が言ったのか知らないんですけれども、人間はいるだけでお互いに迷惑なんです。お互いに迷惑をかけあって生きているんだというふうに認識すべきだってぼくは思う」という名言がある。
言ってみれば、自分はいつでもハラスメント加害者になる可能性はあるし、被害者にもなる可能性もあるのだ。そう考えると、「ハラスメント撲滅宣言」をして「ハラスメントゼロを目指そう」と経営陣が標榜することで表面的な相談件数が減ったとしても、実際には社員が口をつぐんでしまっているだけで、かえって問題は深刻化するまで見過ごされることにもなり得るのだ。相談や通報の件数だけで一喜一憂せずに、ハラスメント予防策を継続的に行い、小さなトラブルのうちから誰かに相談できる体制を整えて、早期の問題解決を促す組織づくりを継続することが大切だ。
“謝罪”を手がかりに
誰も傷付けずに生きることができないのならば、起こってしまった際の対応をどうすれば良いかが重要となるが、早期の問題解決や関係改善では、相互理解の大前提となる行為がある。それは、ハラスメント行為を注意されたときに、行為者が素直に謝罪することだ。「そんなつもりはなかった」とか、「誤解だ」と言い訳してしまうと、被害者は相手への不信感を募らせて、関係を余計にこじらせてしまう。
#metoo の中で、セクハラ言動が明るみになった際に、行為者が「やってない」と事実を否定したあと動かぬ証拠を突きつけられ、慌てて釈明するという責任逃れの態度が、結果として大炎上につながっていることでも分かるだろう。ハラスメントの意図があろうとなかろうと、傷付けてしまった人には、まず素直にその事実を受け止めて謝罪することが必要で、それを抜きにした問題解決はあり得ないのである。
弊社では、「ハラスメントにならない部下指導」をテーマにした研修で、ロールプレイ演習を行っているが、そのなかで実際に起こったことを紹介したい。ハラスメント一歩手前の人間関係を修復するための面談を再現したロールプレイの際に、上司役の人が「先日は私の言葉で辛い思いをさせてしまって、ごめんなさい」と最初に謝ったところ、部下役の人も「自分にも落ち度があって申し訳ありません」と素直になり、その後何が問題だったか建設的な話し合いに進んだことがあった。
ロールプレイ後の振り返りで、参加者が口をそろえたように「謝罪って大事ですよね。これができたら関係改善も楽になる」「最初に謝ったことで気持ちがスッキリして、この先のことを話し合うことができた」「へりくだるんじゃなく、心からの謝罪にこんな力があるとは思わなかった」など、「ごめんなさい」の効力についてシェアしていた。謝罪とは、謝る側にも謝られる側にも、その先の人間関係の再構築に不可欠な要素なのだ。
謝罪を手がかりとして、当事者同士が率直なコミュニケーションを取り戻すと、間違いや失敗をしても関係改善の可能性が高まる。大きな問題になる前に、間違いや失敗を許容する職場風土を作り、ハラスメント未満のトラブルの段階で、当事者同士が真摯に向き合える職場をめざしたい。
無関心が深刻化招く
当連載でも繰り返し触れてきたが、ハラスメント問題は「誰もが当事者」だ。直接被害を受けたり、行為をしてしまった人だけでなく、周囲で見かけた人も「当事者」である。とかく、「被害を訴えても無駄」と我慢したり、「自分はハラスメントなんてしない」と思い込んでいたり、「巻き込まれたくないから見ないふりをしよう」と目をつむったり、場合によっては「被害を受ける側の問題だ」と放置してしまうことがあるが、このような無関心は被害を深刻化させてしまう。また、「忙しくて仕方なかった」とか「こういうのも仕事のうち」といってハラスメント行為を正当化してしまうのは、もっと問題だ。
それぞれにできることは、お互いに声を掛け合うことだ。ハラスメント言動があったとき「困っています」と率直に伝えたり、そう言われた側が「ごめんなさい」と謝ったり、見かけた人が「何かあった?」と気遣ったりするだけでも、問題改善につながる。
それだけでなく、商談が成立したりお客様に喜んでもらったときには「やった!」「すごいね」「嬉しいよ」など、プラスのコメントを自然にやり取りできるような職場風土を維持したい。それには、お互いの存在を大切に思う気持ちを持ちながら、失敗もカバーし合いながら柔軟な人間関係を構築しておくことだろう。
ハラスメント予防の職場づくりは、このような自分事としての行動を「継続」できるかどうかにかかっている。個人ではなかなかチェックできないので、定期的なアンケート調査や啓発研修を行い、職場のちょっとした異変がないか、お互いが可視化できるような仕組みを作っておこう。数年に一度は法改正もあるので、それに合わせて実施しても良い。コロナ禍で従来のコミュニケーションができない今こそ、信頼関係を深める職場づくりを通じて、ハラスメント予防を進めてほしい。中小企業こそ、柔軟に具体策を実行しながら、持続可能な会社への変革を遂げ、企業の成長へつなげてほしい。
労働新聞 第3358号 令和4年(2022年)6月27日
執筆:株式会社クオレ・シー・キューブ 取締役 稲尾 和泉
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