ハラスメント・インサイト2022人権週間スペシャル対談「人権DD(デューデリジェンス)と法律の関係について」

2022人権週間スペシャル対談「人権DD(デューデリジェンス)と法律の関係について」

(株)クオレ・シー・キューブ 取締役 稲尾 和泉 × 成蹊大学 法学部教授 原 昌登 先生

稲尾:
今回は12月の人権週間に合わせて、「人権」にフォーカスを当ててお話をしたいと思っております。近年、人権デューデリジェンス(以下、人権DD)ということで企業でも人権問題にしっかり取り組まなければいけない機運が高まっているわけですけれども、その人権DDと法律の関係について原先生に教えていただこうと思いまして、この対談を企画いたしました。

「人権遵守」の位置づけについて

稲尾:
法学的に「人権遵守」というのはどのような位置づけになっているのでしょうか?

原:
国内法(日本法)においては、人権の遵守は公(国家、地方公共団体)の義務でありますが、民間企業や民間の個人には、直接的な人権遵守が義務づけられているわけではないと考えられます。

ただし、人権侵害行為は、法的に「不法行為」(民法709条)等に該当し、損害賠償責任が生じる可能性があります。

また、人権侵害行為が明るみに出ることによる社会的評価の低下がありえます。最近では、ESG投資の「Society(Social)」に反するという観点から、その企業への投資が減り、企業が十分な資金が得られなくなる可能性も出てくるかと思います。

他方で、2011年に国連で策定された「ビジネスと人権に関する指導原則※1,※2、この指導原則自体に法的な拘束力はないのですが、指導原則に基づき、より直接的な法律を定める動きが各国で見られます。法律が制定された場合、その法律に基づき、その国では企業等に直接的に人権尊重を義務付けることがあり得るわけですね。

稲尾:
日本ではこれから、企業に対して法的な整備が進む可能性が大いにあるということでしょうか。

原:
はい。現時点では、「ビジネスと人権に関する指導原則※1,※2をベースにして、政府が2020年に「『ビジネスと人権』に関する行動計画2020-2025※4を策定しています。

企業にもっと「ビジネスと人権」に関する理解の促進と意識向上をしてもらおうということが中心になっています。まずはそこ(理解促進と意識向上)からスタートし、今後、法整備も含めたさまざまな議論が進められていくのは間違いないと思われます。

既存の労働法と人権DDとの関係

稲尾:
人権DDが近年注目を集めています。既存の労働法との関係について教えてください。

原:
人権DDは、「より広い範囲を含む」、これがポイントだと思います。

人権DDとは、人権に関するリスク(マイナスの影響)を評価(アセスメント)し、そのリスクを削減・予防するための措置をとり、それを検証し、情報公開していくという一連のプロセスと理解できます。

人権DDは労働法よりはるかに「広い」範囲がターゲットとなると考えられます。もちろん、労働基準法を守ることで、従業員の人権を一定の範囲で守ることはできると思います。大事なことですよね。

しかし、この人権DDにおいては、取引先企業等における人権侵害など、当該企業が影響力を持ちうる広い範囲が問題となってきます。労働基準法というのはその企業のなかにおける労働関係を規制するものですから、労基法・労働関係を守ることは大事だけれども、それだけでは十分ではないということ、この点がポイントになると思います。

ハラスメント問題の法整備について

稲尾:
ハラスメント問題は身近な人権問題と考えられますが、なかなかなくなりません。そう考えると今後の法整備について、ハラスメントを禁止する法律なども必要になってくるのではないでしょうか?

原:
ハラスメント問題に関しては、2020年策定の「『ビジネスと人権』に関する行動計画2020-2025※4でも、具体的な記載として「ハラスメント対策の強化」が謳われていて、パワハラ防止法(労働施策総合推進法)を確実に進めていくことが中心になっています。

では、これからどうなっていくのか?ここには様々な考え方があると思いますが、個人的にも将来的にはハラスメントを法律で禁止することが選択肢に入ってくると思われますし、また、入れるべきと考えています。

現在のパワハラ防止法を中心としたハラスメント法制は措置義務が中心です。企業などに対して研修などの周知啓発や相談対応をしっかりやりましょうということになっている。これは、「ハラスメントとは何か」という厳密な定義に立ち入ることなく、予防・解決のための措置を企業等に課すことで、ハラスメント問題の予防や、ハラスメントが起きた場合の早期解決を図るものであって、一つのやり方として効果的な面があると思われます。

ただ、それだけで十分かという議論は常に存在するわけで、やはり明確に禁止したほうがわかりやすいという点も確かにあります。しかし、ハラスメントを明確に禁止するためには、現状の法制度におけるハラスメントの定義等に比べて、より細かい議論が必要になってきます。そこで、まずは措置義務を先行させて問題の予防・早期解決を図る。並行して、中長期的には、明確にハラスメントを禁止することが社会に対しても大きなメッセージになるかと思います。

まずは現在の法制度をしっかり運用し、さらに、中長期的に法律でのハラスメント禁止を議論・検討することが望ましいと理解しています。

海外も含むサプライチェーン上の労働問題における懸念点

稲尾:
日本では当たり前でも、海外では危ない人権侵害が懸念されます。そのあたりについて教えてください。

原:
まず、海外も含むサプライチェーンに関しては、今年(2022年)9月、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン※5が日本でも策定されました。特に海外のサプライチェーンについては、こうしたガイドラインに沿って、日本企業も注意して見ていきましょうという流れになってきています。

確かに、日本国内に限って言いますと、労働環境は海外に比べて整っているところがあるかもしれません。ただ、日本のハラスメント問題は国際的に見ても被害や状況が深刻かと思います。特にパワハラ防止法が全面的に施行されたけれども、なかなか対策が進んでいない場合もあるということで、まずは社内のハラスメント対策をしっかりと丁寧に進めていく必要がある。これは繰り返しですけれどもあらためて強調されるべきかと思います。

そのほか、例えば、建設業その他に見られる下請けの構造、こうした下請け企業は発注側の企業からさまざまな影響を受けるわけで、例えばそこで下請け企業の従業員等が深刻な人権侵害を受ける可能性(危険性)があるということは忘れてはいけないと思います。

また、技能実習の仕組みについて、外国人技能実習生の方々に来ていただいて、実習・技術の移転などをしていく、理念としてはしっかりとしたものですが、報道などを見ましても、外国人技能実習生の方々の人権上の問題も常にチェックしていかないといけません。日本の中でも、こういった注意をしなければならない問題は、複数あるという印象を持っております。

労働者の権利に関する意識の醸成について

稲尾:
日本で人権DDを浸透させていくときに、労働者の権利に対する意識の醸成にあたり、どのようなことが必要だと考えられるでしょうか?

原:
「人権は大事なものである」という、広い意味での理解は日本も諸外国も共通でしょう。ただ、その前提として、人権が守られることの意義(歴史的な意義)について、もう少し理解が広まるといいと思うんです。人権は大事なものだけれども、常に侵害される危険があるもので、人権を守るためには声を上げなければならないこともある、つまり黙っていればだれかが守ってくれるというわけではなく、大事なものだからこそ、自分たちで守るために、声を上げなければいけない場合もある。こういった意識を日本でも広めていくことが必要かと思います。

人権は、もちろん政府等の公の機関が守ることも重要ですが、加えて、自分たちで守る、声を上げていくという視点も欠かせない。

例えば労働の分野であれば、欧米諸国は日本に比べて労働組合など労働者の集まりを通して声を上げることが期待できる。ところが日本ではなかなか難しいわけです。もちろんそこには様々な経緯があるわけなんですけれども、労使の関係、連帯の意識、社会運動に関する意識等が、日本と諸外国では異なる面が大きいと個人的には感じています。

法律のルールについて見ますと、例えば日本の労働法に関するルール、労働法制が、諸外国に対して決して劣っているわけではないと思うんです。かなり作りこまれているところがあります。

あとは、その法規制を実効性あるものにするために、労働組合など労働者が声を上げる仕組みや姿勢が十分でないことも多いので、せっかくの規制が活かされていない面があるように思われます。ですから、積極的に声を上げることが、例えば職場のハラスメント問題を早期に解決・予防する、広く人権を守ることにつながるかもしれないと感じるところがあります。

稲尾:
一人で声を上げるのはなかなか難しいですけれども、仲間で、みんなで声を上げていくことで、可視化されていったり、こういう課題があるということを知らせていくというのは、とても大切な活動になっていくわけですよね。

原:
「お上」が守ってくれるという視点も大事なのかもしれませんが、それだけではなく、自分たちでも声を上げていこうという姿勢によって、国・自治体側も緊張感をもって接することになると思いますし、そういったところから社会がうまく回り始めていくことがあるかもしれないですね。

稲尾:
そういうことも含めて、実際の声をきちっと受け止めていろいろな問題を可視化することで、どうやったらいいのだろう?どうやったら解決していけるだろう?その時に、必要な法律を整備していく。そんな順番になっていくのでしょうか。

原:
法律を整備し、皆さんの声を吸い上げて、法律を整備してという繰り返しになっていくのでしょうね。

稲尾:
私も常々「法律がせっかくあるのだから声を上げましょう。法律をスイッチオンするのは一人一人の皆さんです」と、研修でもお話しさせていただいています。法律があるだけでは、実はなかなか改善しないということは、それ以上に法律をうまく使っていく知恵が必要なのかもしれないですね。

原:
法律は、知らないとなかなか活かせないということがありますので、基本的なことは皆さんに知っていただいて、その上で専門的な機関・会社・相談窓口も活用しながら法律を活かしていただくということが、さまざまな人権を守っていく、生活をよりしやすくなることにつながっていくのだろうと思います。

稲尾:
今日は人権と法律についてお話をうかがったのですが、人権というと、遠いところにあるものという印象があるのですけれども、本当は私たちの生活、あるいは職場に密着した身近な問題であることが、あらためて原先生のお話でおわかりいただけたかと思います。

今日は貴重なお話をたくさんしていただきました。これからもこういった情報を皆さんにお届けしたいと思っておりますので、引き続きご期待いただきたいと思います。

原先生、今日はどうもありがとうございました。

(2022年12月)

本対談の参考資料は以下の通りです。

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