ハラスメント・インサイト「Well-being~生きるということ」

「Well-being~生きるということ」

『ハラスメント・インサイト』は、厚労省や人事院のハラスメントに関する委員会メンバーを歴任してきた弊社取締役・稲尾 和泉による連載です。
今日、人権やジェンダー、雇用形態、雇用環境、経営問題、心理、人間関係など様々な問題と複雑に絡み合っているハラスメント問題に関するインサイト(洞察)を読み解き、今、職場づくりで求められていることを、ハラスメント対策の切り口として示して参ります。

これまでの連載はこちらをご覧ください。

新年を迎え、新たな気持ちでスタートしている方も多いと思いのではないでしょうか。『一年の計は元旦にあり』ということわざがありますが、これまでの出来事を振り返り、希望ある未来に向かうためにも、一年の節目の過ごし方は大切だと感じるようになりました。

私は、この年末年始に改めて「よりよく生きるとは?」ということを考えていました。それというのも、齢90の父が加齢による体力や視力の低下によって、これまで当たり前に出来ていたことができなくなったことを「情けない」と言うようになったからです。今まで普通にできていたことができなくなることで、自尊心が傷ついてしまったようです。

思えば、私も会社では今の仕事を次世代に引き継いでいかなければならない年齢です。私もいずれはリタイヤして、その先の人生をどう生きるのか、今からイメージしておく必要があるのかもしれない、と漠然と考えるようになっていました。そのようなタイミングで、父の言葉を聞いて、この喪失感とどのように向き合っていけばいいのだろうか?と考えたのです。

今の自分が「当たり前にできる」と思い込んでいることは、子ども時代や若いころにはできなかったことがたくさんあります。それを誰かから教えてもらったり、自分で頑張って練習したりして、少しずつ身につけて自信を獲得してきました。現実問題として年を重ねると、それをひとつひとつまた手放していくことになるのですが、そのことが受け入れがたく、運命に抗いたくなる気持ちが痛いほどわかります。

そんなことをぼんやり考えているとき、以前読んだ社会心理学者エーリッヒ・フロムの著書「生きるということ」の一節を思い出しました。それは【持つ】ことと【ある】ことの違いについてです。人間は財産や土地や家族を【持つ】と考えると、それらを失うことを恐れるが、いまここの存在として【ある】のであれば、何かを失うことなく前進し、不確実さに耐えることができる、とフロムは説きます。仏陀やイエス・キリスト、ギリシャ神話やおとぎ話のヒーローは「捨てる勇気を持つもの」で、だからこそ人々は彼らを称賛するのだと。

自分自身が獲得してきた「能力」もそこに含まれるとしたら、年齢を重ねることで失うことを恐れるのではなく、今の自分をありのままに受け入れことができるのかもしれないと思うと、気持ちが楽になりました。何かを獲得する=持つということからの解放を経て、今の自分を大切にすることこそがwell-beingの実践であると、改めて感じています。

  • 参考図書「生きるということ」エーリッヒ・フロム(紀伊国屋書店)

2023年1月

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