ハラスメント対策最前線感情労働について(8)

クレーマー対策

Q感情労働の現場では、相手の感情を大事にしすぎることにより、クレーマー(モンスター・カスタマー)やモンスター・ペイシェントなどへの対応が難しくなっていると思います。顧客の言いなりになるのではない対等な関係を得るためには、どのような工夫が必要でしょうか?
A以下、三つの視点で考えてみたいと思います。

(1)クレーマーやモンスター・ペイシェントなどの背景

今日私達の社会では、あらゆる仕事において接客活動が極めて大きな役割を果たすようになってきています。例えば、自動車会社が車を販売したり、デパートやレストランなどで商品や食品を提供するにしても、営業などの接客が不可欠とされています。しかも販売競争が激化している中で、「消費者主権」とか「お客様は神様です」などのスローガンの下で、かつてないほど立場を強くした顧客は、販売やサービス担当者に、礼儀正しくきめ細やかで迅速な接客態度を要求する、いわゆる「やっかい」な存在となってきているといえます。

店の顧客が商品や店員の些細なミスに理不尽な要求を繰り返すクレーマー(モンスター・カスタマー)や、医師や看護師に自己中心的で理不尽な要求、暴言、暴力を振るったりするいわゆるモンスター・ペイシェントなどは、このような背景の下で、「顧客」の立場を濫用悪用して、接客担当者などに理不尽な行為を行っているのです。

(2)クレーマー等にどのように対処すべきか―「正当」と「不当」の判断

何よりも顧客や患者らのクレームが「正当」なものか「不当」なものかの判断をすることが最初の出発点とされるべきであり、この場合「正当」と「不当」を判断する目安は、クレームの目的、手段、態様によることになります。

目的については、例えば患者からのナースコールに遅れた看護師に「土下座して誤れ!」などと要求したり、レストランのウェイトレスのミスに「上司を呼べ」「店長を出せ」などと怒鳴ったりする場合は、単に相手を困惑させたり、自らの権勢を誇示することが目的であることが多く(あわせて慰謝料などの金銭目的も含まれる)、このような場合は明らかに逸脱したクレームと言えます。

また、手段、態様についてみると、大声で怒鳴ったり、殴りつけた等の行為が、社会通念に反し、不当なものであることは明らかでしょう。

そのうえで、これらの判断は、クレームを受けた店員などが個人的に判断するのではなく、上司等の責任者に判断を委ねるべきです。何故ならば、クレーマー対策は、次に述べる通り使用者が自らの責任においてなすべきことだからです。

(3)クレーマーの対策は使用者責任

今まで述べた通り、クレーマーによる従業員らに対する理不尽な行為は、いずれも「顧客」という優位な立場を濫用して行う、いわゆるパワー・ハラスメントなのであり、これらに対しては、使用者自らが毅然とした対処がなされるべきであり、これを怠った場合には使用者の責任が問われることになるのです。

使用者や管理者(=店長など)は、従業員に対して、良好な環境で労務提供をさせる法律上の義務(=職場環境配慮義務、労働契約法5条参照)を負っているのです。この点について厚労省に設置された円卓会議でも、職場内での「職務上の地位や人間関係などの優位性を背景に、業務の適正範囲を逸脱し、相手の人権・人格を侵害する言動」の防止を提言しており(2012年3月15日)、クレーマーやモンスター・ペイシェントなどの行為も同様のものであり、これらを防止する責任を使用者が負っているのです。

(2015年4月)



プロフィール

水谷 英夫(みずたに ひでお)
弁護士 (仙台弁護士会所属)
1973年 東北大学法学部卒業

著書

「コロナ危機でみえた 雇用の法律問題Q&A」(日本加除出版、2021年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策(第5版)」(民事法研究会、2020年)
「第4版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス パワハラ防止法とハラスメント防止義務/事業主における措置・対処法と職場復帰まで」(日本加除出版、2020年)
「第3版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス マタハラ・SOGIハラ・LGBT/雇用上の責任と防止措置義務・被害対応と対処法」(日本加除出版、2018年)
「AI時代の雇用・労働と法律実務Q&A」(日本加除出版、2018年)
「改訂 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス」(日本加除出版、2016年)
「QA 労働・家族・ケアと法-真のWLBの実現のために-」(信山社、2016年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策」(第4版)(民事法研究会、2014年)
「感情労働とは何か」(信山社、2013年)

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