ハラスメント対策最前線職場のダイバーシティ(2)

日本におけるダイバーシティマネジメントの課題

Q「職場の多様性」を考えると、「男性の正規雇用者」以外はマイノリティというくくりかと思われますが、これらの人達はどのような人達で、法でどのように守られているのでしょうか?

「ダイバーシティ・マネジメント」とは

私たちの社会はいわゆる少子高齢化が進行して、生産年齢人口が減少していく中で、できるだけ多くの働く意欲と能力のある人々が労働市場に参加して活躍できる社会をつくることが喫緊の課題となってきています。「一億総活躍社会」「生涯現役社会」「女性活躍推進」などが政策スローガンとして揚げられるようになってきたのは、このような背景があるといえるでしょう。かくして今日「男性の正規雇用者」という同質的な労働者のみならず、女性、高齢者、障害者、外国人、LGBTなど多様な人々が働くことで、組織が活性化し、生産性も高まり、さらに互いの異質性を認め合って、多様な人々の人生の選択肢やフロンティアを広げていることが、社会制度の設計に必須であるとして、ダイバーシティあるいはダイバーシティ・マネジメントの考え方が次第に受け入れられるようになってきているのです。
したがってダイバーシティ・マネジメントは、単に生産性を向上させることにとどまらず、1人1人多様な「価値」を認め合い、差別を排除し人権と社会正義の実現をめざすものと言うべきです。このようにみると、マイノリティは、その社会や時代によりさまざまであり、例えばアメリカでは黒人が、英、仏、独などのヨーロッパ諸国では、アフリカ、中近東、イスラム教の人々が差別で苦しんできた歴史があり、わが国ではとりわけ女性に対する差別是正が歴史的に問題とされてきており、そこで今回は、わが国の女性の権利擁護から述べることにしましょう。

女性と法の現状

男性正規社員を労働者モデルとするわが国では、ダイバーシティは何よりも年少者と共に女性の権利擁護として始まったと言えます。労基法は制定当初(1947年)、女性(当初は「女子」)について、産前産後休業などの母性保護規定と並んで、時間外労働規制(1日2時間、1週6時間、1年150時間)、休日労働禁止、深夜業原則禁止などの規定を設け、年少者と共に特別の保護を必要とするいわば「弱い」労働者とみていたといえるでしょう。
しかし、女性労働者に対する見方は、国際社会からの影響もあり大きく変化し、母性保護(妊娠、出産)に関わる規定を除き、男性と同等の労働者であり、特別保護は、かえって女性の職場進出を妨げているとの認識が広がっていくことになります。1985年の均等法制定やその後の改正(1997年)に伴う労基法改正により、母性保護を除く女性保護規定は削除され、他方これまで、通常は女性が負担するのが「当然」とされてきていた、育児・介護などの家庭的責任は、男女が共同で負担すべきとの考えが浸透する中で、1992年育児・介護休業法(95年育児・介護休業法)の制定により、基本的に男女労働者に同等の保障が与えられることになり、更に今日では、女性活躍推進法などにより女性の一層の「活用、活躍」が期待されるに至っています。
しかしながら、労働時間などの一般的な労働条件水準が、依然として低い水準にとどまっているわが国の雇用現場では、結果的に女性が男性と対等の立場で労働することを困難にし、更に女性の非正規化を促進するという効果をもたらし、今日ではマタハラなどがおおきな社会問題となっています。男女が共同で働き、共同で家庭責任を負う法の実現(いわゆるワーク・ライフ・バランス)をするためには、労働条件水準の向上と共に女性の人権擁護が必要とされている所以なのです。

(2016年9月)



プロフィール

水谷 英夫(みずたに ひでお)
弁護士 (仙台弁護士会所属)
1973年 東北大学法学部卒業

著書

「コロナ危機でみえた 雇用の法律問題Q&A」(日本加除出版、2021年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策(第5版)」(民事法研究会、2020年)
「第4版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス パワハラ防止法とハラスメント防止義務/事業主における措置・対処法と職場復帰まで」(日本加除出版、2020年)
「第3版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス マタハラ・SOGIハラ・LGBT/雇用上の責任と防止措置義務・被害対応と対処法」(日本加除出版、2018年)
「AI時代の雇用・労働と法律実務Q&A」(日本加除出版、2018年)
「改訂 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス」(日本加除出版、2016年)
「QA 労働・家族・ケアと法-真のWLBの実現のために-」(信山社、2016年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策」(第4版)(民事法研究会、2014年)
「感情労働とは何か」(信山社、2013年)

その他の記事

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