ハラスメント対策最前線コロナパンデミック・DX時代の雇用と法律問題(5)

生成AIの普及による働き方の変化と雇用への影響

Q最近chatGPTが話題となっていますが、私達の働く現場にどのような影響を与えるのでしょうか。

1.ChatGPTとは

米OpenAI社が昨年11月に公開したChatGPTは、人間のような自然な文章を生み出す対話型「生成AI」として、その利用が急速に広がっています。例えば「9月に結婚記念日の旅行を計画しているけど、成田か羽田から3時間以内で行けるところを教えて?」、こんな質問にチャットGPTの技術を搭載したマイクロソフト社の「Bing」の対話型検索(今年2月公開)は ― グアム、台湾、ケアンズ、北海道 ― と答えると共に、更に「どこに行きたいですか?」と応答し、チャットが続いていきます(もっともこの回答は、グアム、台湾、ケアンズはいずれも3時間以上かかり(誤回答)、3時間以内は北海道だけです(笑)。

このように対話型検索ソフトは、友達に聞いているような自然な入力と出力、従来検索が苦手としていた文脈理解、ピンポイントでの回答、どんな質問にも答える汎用性があり、いわば「情報検索」から「知識とコミュニケーション」へとパラダイムシフトが起こっているといえます。

その結果、会社内外からのFA(ファクトリーオートメーション:生産工程の自動化)やQA(クオリティアシュアランス:品質保証)による商品案内などの応対業務、商品などの技術マニュアルへの対応、学生や生徒からの問い合わせの多い教育機関やDX推進に向けて取組を強める企業の応対などへの活用が期待されています。

もっとも現状は、企業での活用は10%程度にとどまっており(「活用を検討中」は52%と約半数超)、結局「使用したいが、使い方がよくわからない」「詳しい社員もいないので、しばらく様子をみるしかない」など、具体的には活用イメージが沸かない企業が大半であり、反対に教育現場などは事実と異なる回答(前述した「誤回答」)の生成や個人情報の流失が問題とされており、まさに「生成過程」の技術といえるでしょう。

しかしながら企業は、生成AIを使うことで、膨大なデータを駆使して新しいアイディアやデザイン、娯楽等を創出して、ユーザー好みのデータ商品開発を推進し、個別に適した製品やコンテンツを生成することで、顧客との関係を強化することができるようになると思われます。

他方、生成AIにより、新聞社や雑誌社などでは、記事を迅速に生成して担当者の労働力を節約し、またデザインや製品開発のプロセスを効率化することで生産性を向上させ、コストを削減することが可能となるでしょう。

2.ChatGPTがもたらす雇用への影響

雇用への影響は、今年に入って、さまざまな調査結果が明らかとなっています。AIは人間のように思考はできないものの、ある程度手順の決まった作業の自動化・高速化はずば抜けており、そのため、仕事の内容によって影響の濃淡がでてきています。特にプログラミングや文章作成などのスキル業務は極めて影響を受けやすく、ある実験では、プレスリリースや短いレポートの作成、メールの下書き作成、分析プランの作成などのオフィス業務につき、被験者がChatGPTを利用した場合、割り当て分業を17分で完成できたのに対して、ChatGPTなしの場合、27分と約2倍の時間がかかっており、しかもChatGPTを利用した被験者の仕事の質、満足度が大幅に向上することも明らかとなっています。

このようにChatGPTは、主として事務労働に従事するホワイトカラー労働者の雇用を直撃する可能性があり、米IBM社の経営者は「向こう5年間で、オフィス、事務サポート、法務、エンジニアなどの30%がAIに取って代わられるだろう」と述べています。他方、織物工、料理人、修理工、アスリートなど身体活動を主とする職種では、それほど影響がでないとしています。

19世紀に英国の織物工の間で起きた、自動化に抗議する「ラッダイト」(=機械を破壊する運動)を想起するとき、歴史の皮肉を感じざるを得ません。ちなみにラッダイトは、自動化そのものではなく、「誰が」自動化を管理するか(使用者か、労働者か?)をめぐるものだったのであり、AIをめぐる今後の議論への示唆を与えるものとなるのではないでしょうか?

(2023年7月)

プロフィール

水谷 英夫(みずたに ひでお)
弁護士 (仙台弁護士会所属)
1973年 東北大学法学部卒業

著書

「コロナ危機でみえた 雇用の法律問題Q&A」(日本加除出版、2021年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策(第5版)」(民事法研究会、2020年)
「第4版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス パワハラ防止法とハラスメント防止義務/事業主における措置・対処法と職場復帰まで」(日本加除出版、2020年)
「第3版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス マタハラ・SOGIハラ・LGBT/雇用上の責任と防止措置義務・被害対応と対処法」(日本加除出版、2018年)
「AI時代の雇用・労働と法律実務Q&A」(日本加除出版、2018年)
「改訂 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス」(日本加除出版、2016年)
「QA 労働・家族・ケアと法-真のWLBの実現のために-」(信山社、2016年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策」(第4版)(民事法研究会、2014年)
「感情労働とは何か」(信山社、2013年)

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