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ハラスメント対策最前線科学的根拠をもとに進めるメンタルヘルス対策とハラスメント対策(10)
パワハラ対策の一次予防、二次予防、三次予防
一次予防・二次予防・三次予防とは
予防医学の用語に、一次予防・二次予防・三次予防という言葉があります。一次予防は生活習慣の改善や健康増進により病気の発症を予防するもの、二次予防は早期発見・早期治療により重症化を予防するもの、三次予防は治療の継続やリハビリテーションにより、病気の再発を予防するものを指します。近年では職場のメンタルヘルス対策においてもよく使われる用語なので、職場で耳にしたことがある人も増えているのではないかと思います。
この一次予防・二次予防・三次予防という考え方ですが、実はパワハラ防止対策にも当てはめることができます1。今日はこの観点から、科学的根拠に基づくパワハラ対策を解説します。
パワハラの一次予防
一次予防とは、不調の原因となるような要素を取り除いたり軽減したりすることを指します。パワハラで言えば、パワハラの発生防止、つまりそもそもパワハラが起こりにくいような職場づくりを行ったり、個人の意識改革を行ったりすることです。例えば、パワハラの一次予防策として考えられる例を、表1にまとめました。
ここで言う従業員個人が対象のものとは、1対1のやり取りで完結したり、個人が別々に取り組んだりするようなものを指します。一方、組織や部署を対象にしたものは、部署のメンバー全体、組織全体を巻き込むようなものを指します。例えば、現状では多くのパワハラ防止研修が従業員個人に対して「パワハラしないで下さい」とメッセージを届けるものなので個人向け対策に位置付けられますが、「あなたの部署でパワハラが発生しないように、皆でアイディアを出し合って対策を考えてください」というような研修であれば部署内の全員を巻き込む必要があるので、部署や組織を対象にしたパワハラ防止研修であると言うことができます。
表1.パワハラの一次予防策
対象 | 内容 |
---|---|
従業員個人 |
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組織や部署メンバー |
|
パワハラの二次予防
二次予防は、早期発見・早期治療です。パワハラ防止対策の場合は、パワハラにつながりそうな“火種”に早期介入することでパワハラが深刻化するのを防止すること、パワハラによる健康被害を最小限におさえることが二次予防に該当します。パワハラの二次予防として考えられる対策を、表2にまとめました。
パワハラは何らかのコンフリクト(価値観の違い、意思伝達の齟齬等)から発生すると言われ、エスカレートしやすい性質を持っているとされています。このことから、いわゆる“パワハラ”の定義に該当する前の段階のものでも広く相談を受け付けること、定義に該当しないものでも積極的に介入することが、二次予防には非常に重要です。
ただ、被害を受けた個人から相談を受け付けるだけでは、効果に限界があります。と言うのも、多くの被害者は、自分に非があるのではないかと思っていたり、職務上不利益が生じることを恐れたり、職場の人間関係が悪くなることを恐れたりして、なかなか相談窓口に相談してこないからです。実際に、2020年に実施された厚労省のハラスメント実態調査では、パワハラ被害者の中で社内の相談窓口に相談したのはたったの5.4%、社外の相談窓口に相談したのはたったの2.0%であることがわかっています2。
このことから、被害者本人が相談に来るのを待つのではなく、ハラスメント行為やハラスメントに繋がりそうな行為を見かけた人が、直接その場で介入できるようにするための研修等を行うのが効果的です。2021年に出版された論文でも、パワハラ被害者のメンタルヘルス不調を予防するには、パワハラ行為を目撃した従業員に対して支援を行うことが有効だと報告しています3。
表2.パワハラの二次予防策
対象 | 内容 |
---|---|
従業員個人 |
|
組織や部署 |
|
パワハラの三次予防
三次予防は、再発予防です。パワハラの場合は、パワハラの事実認定等を終えた後、行為者がパワハラをもう一度しないようにすること、そして被害者が心身の不調を再発しないようにすることの2通りが考えられます。パワハラの三次予防として考えられる対策を、表3にまとめました。
表3.パワハラの三次予防策
対象 | 内容 |
---|---|
従業員個人 |
|
組織や部署 |
|
企業に義務付けられているパワハラ防止対策は二次予防と三次予防のみ
このように、パワハラ防止対策は多面的に実行する必要があります。ただ、現在企業に義務付けられているパワハラ防止対策は、二次予防(相談窓口設置と対応)と三次予防(事実関係認定、被害者への配慮、行為者の処分、再発防止措置)のみです。そのため、義務化された対策だけでは、パワハラの早期発見・早期介入や再発防止には繋がっても、パワハラの発生を予防することにはつながらない可能性があると言えます。
そこでエビデンスに基づく効果的なハラスメント防止対策、特に一次予防策を推進することを目的に、2021年5月から11月にかけて月1回、(株)クオレ・シー・キューブ内で企業のハラスメント対策担当者を対象としたパワハラ対策研究会(前期・後期)を開催してきました。先日無事に全6回が終了し、多くの反響を頂いたところです。
表1に示した通り、パワハラの一次予防対策としてできることはたくさんあります。が、とてもここでは語りつくせません。パワハラ対策研究会は来年度もさらにブラッシュアップして開催予定ですので、これらの詳細を知りたい方はぜひお問い合わせ下さい。特に、ある程度社内で二次予防・三次予防を進めてこられた企業の担当者の方に、「次の一手」としておすすめです。
- 1.Zapf D, Vartia M. Prevention and treatment of workplace bullying: an overview. In: Einarsen SV, Hoel H, Zapf D, Cooper CL (eds.) Bullying and Harassment in the Workplace, New York: CRC Press 2020;457-495.
- 2.東京海上日動リスクコンサルティング株式会社. 令和2年度厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書, 2021.
- 3.Nielsen MB, Rosander M, Blomberg S, Einarsen SV. Killing two birds with one stone: how intervening when witnessing bullying at the workplace may help both target and the acting observer. Int Arch Occup Environ Health 2021;94:261-273.
(2021年11月)
津野 香奈美(つの かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授
人と場研究所 所長
産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント
財団法人21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント
専門は産業精神保健、社会疫学、行動医学。主な研究分野は職場のハラスメント、人間関係のストレス、上司のリーダーシップ・マネジメント、レジリエンス。
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、和歌山県立医科大学医学部衛生学教室助教、厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」検討会委員、米国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員を経て現職。
東京大学大学院医学研究科精神保健学分野客員研究員、日本産業ストレス学会理事、日本行動医学会理事、労働時間日本学会理事。
「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版、2017)
「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(産業医学振興財団、2018)
「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書、2023)*〔HRアワード2023・書籍部門 優秀賞〕
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