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ハラスメント対策最前線科学的根拠をもとに進めるメンタルヘルス対策とハラスメント対策(16)
第14回国際職場のいじめ・ハラスメント学会参加報告と最近のトピックス
2024年6月25~28日まで、イギリスのウェストヨークシャーにある国立大学、ハダーズフィールド大学で第14回国際職場のいじめ・ハラスメント学会が開催されました。ウェストヨークシャーはロンドンの北約310kmに位置します(会場のハダーズフィールド大学はManchesterとLeedsの中間地点にあります)。
国際職場のいじめ・ハラスメント学会とは
国際職場のいじめ・ハラスメント学会とは2008年にカナダのモントリオールで創設された学会で、International Association on Workplace Bullying and Harassment (IAWBH)と呼ばれています。
現在メンバーは30か国以上、200名以上の多分野の専門家から構成されており、参加者の顔ぶれが多様(弁護士、裁判官、心理職、人事労務担当者、経営学者、医学研究者、相談対応者など)であることが特徴です。
今回も、職場のいじめラスメントに関わる様々な立場の方、例えばフランスではモラルハラスメントを禁止する法律があるので、そういった法律に対応する部門で働いている、公的部門の方も参加していました。
大会は2年に1回の開催で、参加者は数百名ほど。2022年はサンディエゴ(米国)、2020年はドバイ(アラブ首長国連邦)、2018年はボルドー(フランス)、2016年はオークランド(ニュージーランド)など、コロナ禍でオンライン開催になったものも含めて、これまで様々な国と地域で開催されています。
今回の大会テーマと発表演題の特徴
今回の大会テーマは、Building Bully-Proof Organizations & Respectful Work Cultures to Ensure Ethical Employment Experiences(倫理的な就業経験を確保するために、いじめが起こらない組織と尊重される職場風土を築く)ということで、どうすればそもそもパワハラの発生が防止できるような職場風土にできるのか、という観点がかなり強調されていた印象です。
発表演題数は、基調講演やワークショップなどもあわせて全体で80題ぐらい。学会最終日の途中で抜けたため正確な数値を把握できていませんが、最終的な参加者は全体で200人前後だったのではないかと思います。
それぞれのセッションのテーマも多岐にわたっていて、予防や職場環境に関するもの、ハラスメントの測定方法に関するもの、リスクファクター(どのような要因があるとパワハラが発生しやすいのか)に関するもの、多文化・国際的な視点でどうハラスメント問題を捉えるかに関するもの、サイバーブリング(インターネット上でのハラスメント)に関するもの、ハラスメントの健康影響に関するもの、法律に関するもの、倫理的な問題に関するもの、ハラスメントを受けた後のコーピング(ストレス対処法)に関するものなど、それぞれのセッションごとに複数の演題が発表されており、セッションごとに皆でディスカッションするという流れでした。
中でも興味深かったのが、職場におけるいじめとハラスメントの道具としての「絵文字」です。職場のいじめのツールとしても使われるのではないかということで、現場で実際に使われた事例などが発表されていました。
直接的な文字ではなくても、毎回馬鹿にしたような表情の絵文字を送られるとか、セクハラに関しても「ハートマーク」が大量に送られるとか、文字を介さなくてもハラスメントになりえるのではないか、という問題提議がされていました。
また、近年話題のガスライティングなど、ハラスメントに準ずるような無礼な態度などによる影響なども報告がありました。
なお私自身は「職場で身体的・精神的暴力を振るうのは誰か?日本における全国調査の結果」について報告しました。どういった人が職場で暴力を振るっているか、いくつか新たな特徴が明らかになった部分がありますので、今後、整理した上で報告したいと思っております。
ハラスメント問題に関する研究の動向
ハラスメント問題に関する近年の研究の動向としては、実践研究・介入研究が増えているという印象があります。
今年の学会でも、いくつか研修プログラムや介入プログラムの報告がありました。例えば、ハラスメントと暴力を防止し、対処するための研修プログラムとして、司法当局における事例(スマホで学べるアプリの活用)が紹介されていました。
あとは、シビリティ(礼儀正しい態度)・インシビリティ(パワハラ未満の無礼な態度)に関する発表で、既に介入効果が検証されているCREW(クルー)というプログラムを簡略化したプログラムの紹介もありました。
CREWは確かに効果が既に検証されているのですが、基本的な枠組みは週に一回の頻度で職場全員が参加するミーティングを半年間続けるというもので、職場にとって負担も大きいという課題があります。そのため、もう少し簡略化して、例えば3、4回のセッションで「礼儀正しさ」や「礼節」を上げられないかを実験的に取り組んでいるという研究チームの発表でした。
これまではどうしても、パワハラが起きた後に介入するとうまくいかないことが多かったので、「これをしたらパワハラが減らせる」という報告は少なかったのですが、近年ようやく予防的な因子というものが発見されてきて、特にマネジメント層に対して介入するとどうなるか、組織風土に対して介入するとどうなるか、ということが、報告として少しずつですが出てきています。
ただ、まだ検証まではうまくいっていないので、より短期間かつ少ない回数で実施できるようなプログラムの開発が求められているということは、国際的なニーズとしても高いように感じました。
また、ハラスメント未満の無礼な態度(インシビリティ)に関する研究は増えていますが、それに類する言動に関する研究はまだ不十分です。
例えば「ガスライティング」(相手の不出来さをずっと指摘することで、相手の自信を喪失させる心理的虐待)や、「ストローマン論法」(相手の意見を正しく引用せずにねじ曲げて反論、論破するといった行為)が近年話題になっていますが、このような攻撃的なコミュニケーションが職場でどの程度起きているのかは、まだ十分に明らかになっていません。
そのため、こういったハラスメント類似行動に関しても、職場のデータを蓄積して、個人及び組織への影響を検証したり、そもそもの発生要因を明らかにしたりする必要があると言えます。
2年に1回開催される国際職場のいじめ・ハラスメント学会は、いじめやハラスメントの多様さを改めて認識するとともに、この問題を解決するにはまだまだデータが必要とされることに気付かさる機会となっています。次回の開催地はまだ未定ですが、次も有意義な発表ができるように、引き続き研究を進めて参りたいと思います。
(2024年8月)
津野 香奈美(つの かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授
人と場研究所 所長
産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント
財団法人21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント
専門は産業精神保健、社会疫学、行動医学。主な研究分野は職場のハラスメント、人間関係のストレス、上司のリーダーシップ・マネジメント、レジリエンス。
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、和歌山県立医科大学医学部衛生学教室助教、厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」検討会委員、米国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員を経て現職。
東京大学大学院医学研究科精神保健学分野客員研究員、日本産業ストレス学会理事、日本行動医学会理事、労働時間日本学会理事。
「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版、2017)
「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(産業医学振興財団、2018)
「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書、2023)*〔HRアワード2023・書籍部門 優秀賞〕
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