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ハラスメント対策最前線科学的根拠をもとに進めるメンタルヘルス対策とハラスメント対策(17)
構造的パワーハラスメントとは
パワハラがなくならない理由
近年、企業から相談を受けることが多い内容の一つに、「これだけ対策を強化しても、なかなかパワハラがなくならない」というものがあります。よくよく話を聞いてみると、おおよそ2つのパターンに分かれるように思います。
一つ目は、「パワハラ行為者に対して毅然とした処分をしていない」パターンです。社内で何度も問題になっているパワハラ行為者がいるのに、上長の注意等で終わっており、懲戒処分も降格も行われていない場合がそれに該当します。
実はパワハラ行為者のほとんど(9割)が、パワハラをしている、相手を傷付けるようなことをしているという自覚がないことがわかっています(1)。自分の言動が相手にどのような影響を与えているのかを、全く想像できていないケースも少なくありません。このような場合、上長から注意されたところで、「自分は悪くない」「自分は間違っていない」という信念が揺らぐまでの衝撃はないため、行動が継続的に変わる可能性は低いのです。
そのため、まずは懲戒処分に進むことで、「あなたのやり方は間違っている」ことを明確に認識させる必要があります。もし懲戒処分をしているのに同じ行為者によるパワハラが繰り返される場合は、処分の程度が低いため行動改善の動機を得るまでに至っていない、処分はされているものの上長が行為者に対し「君も不運だったね」などと労いの言葉を掛けてしまって処分を無効化してしまっているなど、ただ形式的な処分をしているだけで毅然とした対応ができていないことが示唆されます。
このように、毅然とした処分ができているかどうかは、懲戒処分をしているかどうかだけでは判断できません。毅然とした処分の例としては例えば、「現在のあなたの指導方法では、部下を持たせることはできない」と伝え、部下なし職に異動する、降格させる、などがあげられます。このようにして初めて、「自分は上司として不適切な指導をしていたのだ」と認識することに繋がります。また、再び管理職になるためには行動改善が必要なのだと認識することで、自分自身の行動を反省し、改善への努力をする動機づけが可能となるのです。
なかなかパワハラがなくならない理由の二つ目は、「職場風土や業務の特性がパワハラを誘発している」パターンです。特に、行為者の異なるパワハラ案件が次々に起こっている場合がこれに該当します。この場合、行為者が原因というよりも、組織文化や職場風土、あるいは業務の特性を変えない限り、パワハラはなくならない傾向にあります。行為者を懲戒処分しても、いたちごっこになるだけであり、問題が起こっている大元の原因を特定しないと、根本的な解決にはなりません。このように、組織の構造によって起こるパワハラが、今回のテーマである「構造的パワハラ」です。
個人的パワハラと構造的パワハラ
パワハラは、その発生要因から考えて、①個人的パワハラと②構造的パワハラに分けることができます。個人的パワハラは、個人が自分の意志で(組織の意思とは独立して)単独で行う個人的暴力のことです。例えば、邪悪な性格特性を持つ人や、感情のコントロールが苦手な人、こだわりが強い人は、人をいじめることに喜びを見出したり、他者の痛みに鈍感で合ったり、すぐキレたり、こだわりを他者に押し付けたりするなど、その人が持つ個人的特性によってパワハラ行為者となってしまうリスクが高いことがわかっています。
一方で、構造的パワハラは、組織の意思や職場風土による構造的暴力、あるいはそれによって誘発される個人的暴力のことを指します。例えば、独特の規則やルールが多い職場では、それを守れない人が容易に、しかも「合法的に」攻撃対象となる傾向にあります。組織の意向に沿っていたり、そこで働く多くの従業員が賛同したりするようなパワハラは、社会的には問題となっても、組織内では問題にされにくい、それどころか奨励されることすらあるのです。実際、規律遵守や従順さが求められる職場では、パワハラ行為も多く発生することがわかっています(2)。
構造的にパワハラが起こりやすい職場の特徴
他にも、構造的にパワハラが起こりやすい職場の特徴として報告されているものが複数あります。例えば、①仕事の要求度が高い職場(3)、②役割葛藤・役割の曖昧さがある職場(4)などです。
①仕事の要求度が高い職場とは、仕事で求められることが多く、余裕のない職場のことを指します。例えば、納期が短い(常に締め切りや納期に追われている)、ノルマがある、長時間働かなければならないほど業務量が多い、などが挙げられます。このような職場では、管理職も一般社員も常に何かに追われているので、些細なミスも許されない、非常に緊張感の高い雰囲気が形成されます。これが恒常的な状態になると、お互いイライラしながら働くことになり、特に管理職にプレッシャーがかかると、納期に間に合わせようとしたりして怒号が飛ぶようになります。職場の「余裕のなさ」が、パワハラを誘発してしまうのです。
②役割葛藤・役割の曖昧さがある職場とは、仕事において矛盾した期待、要求、価値観を感じること(役割葛藤)、自分に何が期待されているのかわからないこと、あるいは計画された明確な目標や目的がないと感じること(役割の曖昧さ)を社員が感じやすい職場のことです。誰がどの仕事を責任をもって進めるのか、自分の仕事の範囲はどこからどこまでなのかが曖昧だと、仕事の押し付け合いや責任のなすりつけ合いが起こりやすいことがわかっています。これによって、弱い立場の人にいじめのような形で仕事を押し付けたり、本来やる必要のない仕事を管理職が部下に命じたりするなどの、過大な要求型のパワハラが起こりやすいのです。
曖昧さがあると、個人同士の価値観もぶつかりやすいことが分かっています。例えば、給湯室や休憩スペースの掃除を誰がやるのか、誰が物品を補充するのか、どこまできれいにするかなど、明確にルールが決まっていない場合、「このくらいでいいだろう」「いや、もっときれいにすべき」などの価値観がぶつかって、それがパワハラやいじめに発展することがあります。
構造的パワハラを防ぐためには
構造的パワハラを防ぐには、行為者個人を懲戒処分することでは解決しません。そもそもそのパワハラが起こる大元の原因である、納期の短さ、ノルマの存在、人員不足を解決したり、曖昧だったり決まっていないルールを明確にする必要があります。それなしに、構造的パワハラをなくすことはできないからです。
パワハラが起こった場合、それが個人的パワハラなのか、構造的パワハラなのかを見極め、それに応じた対応をすることが根本的な問題解決に繋がります。個人的パワハラなのであれば個人を処分し、その行為が不適切であることを教育する必要がありますし、構造的パワハラなのであれば個人には注意指導しつつも、その誘発要因となった職場環境を変えられるような方策を取る必要があります。部署レベルでは変えられないことも多いかと思いますが、現在、ハラスメント防止は経営課題の一つです。経営層に訴える材料として整理し、社員が健康を害さず生産性高く働けるために必要なアクションとして継続的に提示する必要があると言えるでしょう。
引用文献
- 1.Jenkins MF, Zapf D, Winefield H, Sarris A. Bullying Allegations from the Accused Bully’s Perspective. British Journal of Management. 2012;23(4):489–501.
- 2.Østvik K, Rudmin F. Bullying and hazing among Norwegian army soldiers: Two studies of prevalence, context, and cognition. Mil Psychol. 2001;13(1):17–39.
- 3.Hauge LJ, Skogstad A, Einarsen S. Relationships between stressful work environments and bullying: Results of a large representative study. Work & Stress. 2007;21(3):220–42.
- 4.Reknes I, Einarsen S, Knardahl S, Lau B. The prospective relationship between role stressors and new cases of self‐reported workplace bullying. Scand J Psychol. 2014;55(1):45–52.
(2025年1月)
津野 香奈美(つの かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授
人と場研究所 所長
産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント
財団法人21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント
専門は産業精神保健、社会疫学、行動医学。主な研究分野は職場のハラスメント、人間関係のストレス、上司のリーダーシップ・マネジメント、レジリエンス。
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、和歌山県立医科大学医学部衛生学教室助教、厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」検討会委員、米国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員を経て現職。
東京大学大学院医学研究科精神保健学分野客員研究員、日本産業ストレス学会理事、日本行動医学会理事、労働時間日本学会理事。
「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版、2017)
「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(産業医学振興財団、2018)
「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書、2023)*〔HRアワード2023・書籍部門 優秀賞〕
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