ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(14)

マタハラ(マタニティ・ハラスメント)の典型例

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、T社ほか事件(福岡地小倉支判平成28・4・19労判1140号39頁)です。

【テーマ】何もしないことも「マタハラ」です。

【1.概要】

今回は,まさに典型的なマタハラ(マタニティ・ハラスメント)の事例を紹介します。

【2.事案の流れ】

Xは,介護サービス等を業とする株式会社Y1社で,介護職員として勤務していました。平成25年8月,Xは妊娠4か月であることを営業所長Y2に報告し,9月の面談で業務軽減の希望を述べましたが,Y2は言葉遣いなど従前の勤務態度の改善を求めるとともに,下記3のような厳しい言動を行い,できる業務とできない業務を再度医師に確認し申告するよう指示したのみで,Xの業務は軽減されないままでした。9月以降,Xは,体調が悪い時には他の職員に交代してもらうなどして業務を続けますが,同年12月になってY1社の本部長に対し業務の軽減を要望し,その後は業務が軽減されました。Xは平成26年2月に出産し,出産および育児休暇を取得後,マタハラ等があったとして,Y1社およびY2に対し慰謝料500万円などの支払いを求めました。

【3.ハラスメント行為】

Y2が,Xとの面談において,「…べつに私,妊婦として扱うつもりないんですよ…人として,仕事しよう人としてちゃんとしてない人に仕事はないですから」,「万が一何かあっても自分は働きますちゅう覚悟があるのか…」などと発言したこと,および,面談後もXの業務を軽減しなかったことが,裁判所によって違法であると判断されました。

【4.裁判所の判断】

裁判所は,まずY2について,上記3の言動は,妊娠について業務軽減等の要望をすることは許されないとの認識を与えかねないなど,全体として社会通念上許容される範囲を超えており,妊産婦労働者の人格権を害するとしました。その上で,面談後もXの業務を軽減しなかったことにつき,Y2の違法な言動でXが萎縮していることも勘案すると,業務のできる,できないに関する申告を指示してから1か月を経過しても何ら申告がないような場合,Y2からXに再度確認したり,医師に確認したりして,Xの職場環境を整える義務を負っていたというべきであり,Y2はその義務に違反したと判断しました。
次にY1社について,労働契約に付随して,妊娠したXの健康に配慮する義務を負っているところ,Y2の報告によりXの妊娠を知りながら,具体的な措置を講じたか否かY2から報告を受けるなどして,Y2への指導や具体的な業務軽減の指示などを行わないでいたことが,就業環境整備義務に違反したと判断しました。
結論として,Y2に不法行為責任(民法709条),Y1社にY2の雇用主としての使用者責任(民法715条)と上記の就業環境整備義務に違反した債務不履行責任(民法415条)を認め,Y1社とY2に連帯して慰謝料35万円の支払いを命じました。

【5.本判決から学ぶべきこと】

最も重要なことは,会社は従業員が妊娠した場合,本人の意向もよく確認しながら,業務の軽減などの具体的な措置を採ることが必要であるという点です。本件でも,対応しなかった上司の個人責任だけでなく,その上司への指導などを通してできることがあったはずなのに,何もしていなかったとして,会社自身の法的責任が認められています。なお,本件では「職場環境を整える義務」「就業環境整備義務」といった表現が使われていますが,新しい義務というわけではなく,「職場環境配慮義務」のことだと理解すればよいでしょう(職場環境配慮義務は,信義則(労働契約法3条4項)を根拠として,会社が従業員に対し当然に負う義務と解されています)。
また,業務軽減に関する申告を指示したのに申告がない場合は,上司の側から本人に確認することが必要だとした点も,実務上,参考になります。本件ではY2の言動とXの萎縮という事情もありますが,一般に,妊娠を理由に業務の軽減を求めることは,他の従業員や顧客に迷惑を掛けるといった意識もあり,まだまだ「言い出しにくい」面があることは否定できないでしょう。こうした点も考慮すれば,会社(上司)側からの丁寧な対応が求められることになります。
なお,上記4において,裁判所は「マタハラ」という言葉を使っていません。法的責任が問題となった場合は,マタハラ行為が不法行為(民法709条)や債務不履行(民法415条)に該当するか否かがポイントとなります。これはパワハラ(パワーハラスメント)などの場合と同じです(本連載の〔第2回パワハラか否かの認定のポイント〕〔第8回マタハラの判断ポイントはどこにあるか〕もご覧ください)。また,平成29年(2017年)1月から企業に義務付けられたマタハラ等の防止措置に関しても,厚生労働省のWebサイトなどで最新の情報を確認しておくとよいでしょう。今後,本事例なども参考に,マタハラの問題についていっそう理解を深めていただくことが重要です。

(2017年3月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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