ハラスメント・インサイトカスタマーハラスメント 従業員を守る意思表明を問われるトップ層の反応

カスタマーハラスメント 従業員を守る意思表明を問われるトップ層の反応

この記事は、労働新聞〔中小企業も実現できる!ハラスメントのない職場〕の連載を許可を得て全文掲載しております。

厚労省が手引き策定

さまざまなハラスメント問題のなかで、顧客からの迷惑行為や過剰なクレームは「カスタマーハラスメント(カスハラ)」と呼ばれている。これは行為者が顧客や取引先であるということを指しているもので、実際の行為の多くはパワハラやセクハラである。ここで行為者が利用している優位性は「顧客」というパワーだ。職場内であれば問題になることであっても、顧客であれば職場と関係ないし、あからさまな反論も難しいため、無理難題もごねれば受け入れてくれると、過去の成功体験で分かってやっていることもある。
令和2年の厚労省実態調査によると、過去3年間に顧客や取引先等からハラスメント行為を受けたと労働者の割合は企業規模の大小にかかわらず約15〜17%となっている。一方、業種間ではかなりの差がみられ、生活関連サービス業、娯楽業が25・1%、電気・ガス・熱供給・水道業が23・3%、不動産業、物品賃貸業が22・6%、卸・小売業が21・9%など、主にBtoCビジネスでエンドユーザーからの悪質なクレーム対応に頭を悩ませている企業が多いことが分かる。
この問題は、厚労省が2017年度に開催したパワハラ対策検討委員会でも取り上げられた。UAゼンセン流通部門が調査した報告書が提出され、その深刻さと法制化を急ぐ声が上がっていた一方で、今回施行された労働施策総合推進法では明確な条文がまだなく、2020年1月に出された指針において、顧客等からのカスタマーハラスメントについて、事業主は相談に応じ、他のハラスメントと同様の配慮を行うことが有効と記されるに留まっている。
そのようななか、今年2月に厚労省は「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を策定した。ここではカスタマーハラスメント対策の必要性を理解し、従業員を守るよう企業に自主的な取組みを促している。
このマニュアルでも言及しているが、そもそも顧客からの苦情のすべてがカスタマーハラスメントではない。自社のサービスに不備や欠陥があり、それに対して苦情を申し立てるのは消費者の正当な行為であり、お客様への非礼があった際には会社として謝罪するのは当然のことだ。しかし、カスタマーハラスメントはそのような不備・欠陥がないにもかかわらず(または不備・欠陥があったとしても)、恫喝や金品の要求、過度な謝罪を求め続け何時間も従業員を拘束するなどといった不相応な行為を指し、従業員が恐怖を感じたり深く傷付くものである。その判断はグラデーションとなっているようにみえるが、本質は全く異なる。
当連載の第2回「法整備の目的」でも記したが、ハラスメント行為は「相手の人格や尊厳を傷付ける言動」である。これは、相手が誰であっても許されない言動であることを意味しており、それは顧客であっても同じだ。客だからといって何をしても、何をいっても良いということはあり得ず、適切なクレームや批判とハラスメントの区別ができていない人があまりにも多い。これも、「受けた側が不快=ハラスメント」と認識してしまっていることの弊害である。「お客様は神様である」という言葉の意味をはき違えて解釈してはいないだろうか。これは「お金を払った側の言い分を何でも聞く」という意味ではなく、サービス提供者がおもてなしを十分にしたいという心構えを説いているもので、相手に対して要求するものではない。

お客様は神様でない

カスタマーハラスメントについては、行為者の特徴として興味深いデータがある。2020年のUAゼンセンによる調査では、行為者は男性が約75%、年齢層は40歳以上が全体の90%を占めているというものだ。とくに、50歳代が30%、60歳代が28%となっており、バブル経済期に顧客のニーズをいち早くキャッチして、自ら無理難題を引き受けつつ自社のサービス提供に奔走していた世代であることが推察される。
自分自身が「お客様は神様だ」として過ごした経験が、「最近の若い者は仕事に対する考えが甘い、もっと鍛えなければ」などという思いを想起させるからか、提供されたサービスに納得しないと相手を説教し、教育するかの勢いで暴言をぶつけるケースも多い。これは自分の部下にパワハラ行為をしているのとまったく同じ感覚を伴っている可能性が高い。つまり、良かれと思ってクレームや苦情をいっているつもりが、とんでもない人権侵害を引き起こしているのだ。しかも、「相手はNOとたやすく言えない立場だ」と薄々気付いてやっているのであれば、悪質といわざるを得ない。これを許していては、メンタルヘルス不調から退職者が続出し、人材流出を招いてしまう。
このような人権侵害行為は、行為者に対して毅然として「NO」を突きつける以外にはない。しかし、相手が大事な取引先や大口顧客である場合、腰が引けてしまって曖昧な対応をしてしまうことがある。目先の売上げや利益に気をとられて甘い対応をしていると、後々大問題に発展しかねない。小学校の教諭が保護者から過度な謝罪を要求されたことについて、校長が保護者のいいなりになって一方的に教諭に土下座を命じたり、公務災害の手続きを怠ったりしたことが問題になり、裁判にまで発展した事例もある。裁判では校長の対応が不法行為と認められ、295万円の支払いを命じられた。顧客や取引先の無理難題を大ごとにしたくないと安易に受け入れたことが原因で、従業員の健康を害するようなことがあってはならないのだ。

断固許さない態度で

カスタマーハラスメントは、経営陣が断固として許さないという意思を表明し、従業員に宣言することが必要だ。たとえ行為者が重要な取引先の幹部であったとしても、自社の社員を守るという「行動ができるか」を問われている。
ある企業のトップ層研修をした際にこの話をしたところ、社長以下取締役が一様に「うーん…」と黙り込んでしまった。具体的なハラスメントの事実が明確でなければ、実際の行動を断言できないであろうが、こう問われたときのトップ層の反応や回答を従業員は見ているのだ。ここで「従業員を守る!」と言い切れないと、現場でも悪質な顧客に毅然とした対応ができず、カスタマーハラスメント対策はすべてが絵に描いた餅となることを、経営陣は肝に銘じてほしい。会社として、顧客や取引先の都合やわがままにふりまわされることなく、今働いている従業員を守り、長期的に育成していくことが、会社の存続と成長には不可欠となっていくだろう。

労働新聞 第3351号 令和4年(2022年)5月2日
執筆:株式会社クオレ・シー・キューブ 取締役 稲尾 和泉

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