ビジョナリー対談味の素株式会社 バイオ・ファイン研究所 次長 宮地 保好氏

Vol.12 味の素株式会社 バイオ・ファイン研究所

今回のビジョナリー対談では、弊社代表・岡田康子が、味の素株式会社 バイオ・ファイン研究所 次長 宮地保好様 と『イノベーションと人材育成』について対談させていただきました。対談の動画は4部構成(各章約10分)です。味の素株式会社の取り組み、これからの時代のリーダーとは? また、企業がVUCA時代を生き抜くための人材育成に必要なこととは?弊社主催の「VUCAマネジメント研究会」や宮地様ご自身の体験に基づく知見を、職場づくりや人材育成のヒントとして、ぜひご活用ください。

第1章 味の素CICとVUCAマネジメント研究会

  • 00:00 クオレ・シー・キューブ ビジョナリー対談
  • 01:51 クライアント・イノベーション・センター(CIC)とは?
  • 04:09 バーチャルCIC
  • 05:18 「VUCAマネジメント研究会」への期待とは?
  • 07:17 これからのマネジメントに大切なこととは?
  • 08:37 イノベーションにおける共感の大切さ
  • 10:07 レスペクトしあう、「クライアント意識」は鍵

クオレ・シー・キューブ ビジョナリー対談

岡田康子 クオレ・シー・キューブ(以下、岡田):
私どもではこれから世の中、どのように考えどのように行動していったらいいかということを色んな専門の先生方や、企業で実践してらっしゃる方々にお話を伺って、共に未来の理想的な姿を模索していきたいと思ってビジョナリーインタビューを企画しております。今日は、味の素株式会社バイオ・ファイン研究所次長の宮地保好様にお越しいただき、お話を伺っていきたいと思います。

宮地氏:
今日はよろしくお願いいたします。

岡田:
実は、今日の対談に先立って御社のクライアント・イノベーション・センターを見学させていただきました。とっても素晴らしい施設で、川崎にあるのですけれど、建物そのものが未来型の建物構造という感じが致しました。この施設を御社がお作りになった意図、また、現在どのように活用されていらっしゃるか、そのあたりについてお聞かせいただければと思います。

クライアント・イノベーション・センター(CIC)とは?

宮地氏:
先日ご見学頂いたクライアント・イノベーション・センターは、私どもではCICと呼んでおります。このCICは味の素グループのオープンイノベーションの推進拠点として3年前、2018年に開設されました。味の素の歴史は会社名にもなっているうま味調味料の味の素に代表されるように、もともと産学連携ですとか、企業間連携によるオープンイノベーションを活用して様々な価値を作ってお客様にご提供してまいりました。そして食と健康の課題解決企業に向け、このCICにご来場いただいたお客様に我々の共創への思いやコア技術を知っていただき、一緒に知恵を合わせ、新しい価値を創造する場として設立しております。クライアント・イノベーション・センターは「神経細胞」をイメージして建てており、これはお客様と有機的に繋がるネットワークを構築し、我々だけではなくお客様と一緒に活動し新しい価値を共創していきたいと願って建物の形にしております。

クライアント・イノベーション・センター

岡田:
今は残念ながらコロナで皆さん来られていないようですけれども、随分沢山の企業がいらしているのですよね。

宮地氏:
はい。開設してから約2年で700以上の企業や研究機関、そこから2500名以上のお客様にご来場いただきました。皆様と色んなディスカッションをさせて頂いて、研究開発から始まりますので、事業化に至ったものはまだございませんけれども、具体的なプロジェクトが数多く創出されて、いくつかは事業化に向けて検討中というものがございます。この施設にお客様にお越しいただくことを待っているだけではなくて、基本は、我々の方から、研究者が率先してどんどん市場やお客様に出かけて行くことだというふうに思っております。これを私は「R&Dによる出前活動」と呼ばせていただいております。

バーチャルCIC

岡田:
バーチャルで見学できる仕組みも作られたと伺っています。

宮地氏:
はい。そうですね。コロナ禍においてお客様との行き来は難しいけれども、今のICT技術、リモートの普及を活用することによって、できることは逆に増えているだろうと考えております。ということで今、岡田さんにご紹介いただいたようにCICをリモートでご案内できる「バーチャルCIC」、これをコロナ禍半年後という比較的早い時期に立ち上げました。そしてそういうものを活用しながら知恵を合わせることに関してさらに色々なことに挑戦していけるというふうに考えております。

岡田:
いち早く活動をされていらっしゃる感じです。皆さん方も、是非リンクをご覧いただければと思います。

「VUCAマネジメント研究会」への期待とは?

岡田:
宮地さんは、私どもが主催しております「VUCAマネジメント研究会」に当初からスタッフとしてご参加いただいています。御社として、この研究会にどのような期待を持って参加されたのか、そのあたりのことをお聞かせいただければと思います。

宮地氏:
VUCAという言葉に代表されるように、世の中、先行き不透明な時代になっております。そういう中、企業では、イノベーション、要は新しい価値をどんどん創造してほしいということが、期待されるようになっています。しかしながら昔から「千三つ」と言われるようにイノベーションの創出と簡単に言うのだけれど、そんなに簡単なものではない。従いまして企業のイノベーション力、イノベーションを作る力を引き出すマネジメントというものも、従来のものから変わっていく必要があると考えています。世の中では、ISO56000と言われるイノベーションに関する新しい国際標準も動き始めています。「VUCAマネジメント研究会」は、テーマ・組織・人材そういう3つの視点でのイノベーションマネジメントの現状を認識し、その課題にどう取り組むかを参加メンバーが一緒に考える研究会だと思っています。この3つの視点を三位一体でイノベーションに向き合っていくことが非常に大切だというふうに私は共感しました。それでその共感をもとに参加なさっている皆さんと一緒に考えていきたいと感じまして、参加させていただきました。

これからのマネジメントに大切なこととは?

岡田:
そう意味では、VUCA時代の新しいマネジメントと言った時に大切な事とはどういうことなのか何を大事にしてマネジメントしたらいいのか、どのようにお考えですか?

宮地氏:
これは、個人的な思いをお話しさせていただきますけれども、マネジメントというのは、イノベーションを作る力を引き出すものであるべきだと思います。そうした時にマネジメントがその力を支援する下支えになっているか、逆に言うとコントロールする管理になっていないか、これをしっかり考える機会と場をこの「VUCAマネジメント研究会」が提供できればと考えています。そして3年経っての感想なのですけれども、着実にその方向に研究会は向かっていると思っています。

イノベーションにおける共感の大切さ

宮地氏:
クライアント・イノベーション・センター、この名前には「共感」に関する思いがこめられております。「クライアント」という言葉、カスタマーではなくクライアントという言葉をあえて選びました。英語の意味で「クライアント」にはお互いをリスペクトし合う、相手の強みをリスペクトして切磋琢磨していくという、プロフェッショナルなつながりのニュアンスがあると聞いております。したがいまして我々は、お客様をクライアント様とお呼びし、一緒に考えていくということでございます。

あと、イノベーションというのは、社内であれ社外であれ一人で達成できるものではなく必ず色んな方と一緒に力を合わせて作っていく必要がございます。その時にメンバー同士が認識をすり合わせて目指す方向に力を合わせる「共感」というものがイノベーションの入り口、一丁目一番地だとして、イノベーション創出における共感の重要性、これは研究会に参加されている皆さんも共感できているのではないかと思っております。

リスペクトしあう、「クライアント意識」は鍵

岡田:
私どもクオレ・シー・キューブはハラスメント対策を中心にやっている会社ですけれども、最近のハラスメント防止というのはあれをやってもダメ、これをやってもダメという領域からもう一歩進んで、「どうしたらいいか」ということになってきていると思います。そこで、ハラスメントのない職場を調べてみると、実はお互いにリスペクトし合えるかどうかということがとても重要だという研究もあるのです。

ですから、リスペクトし合うということはハラスメントをなくすということでもあるけれども、これはイノベーションを起こす基本なのだとも考えられます。

部下との関係であっても、リスペクトし合い、共有し合う「クライアント」意識を持っていたら、イノベーションも生まれるだろうし、ハラスメントがない職場になるのかなぁ…と興味深く聞かせていただきました。

第2章 イノベーターを育てる仕組み

  • 00:00 VUCA時代の人材とは?
  • 03:25 求められるリーダー
  • 06:31 クライアント・イノベーション・センターの機能

VUCA時代の人材とは?

岡田:
「VUCAマネジメント研究会」では、テーママネジメント、組織マネジメント、人材マネジメント、その3つの側面から研究し職場診断をして、どういう人を育てたらいいのか?ということを考えています。私どもは、やはりこういう時代(VUCA時代)なので、人材としては起業家的行動が取れる人が重要なのではと考えているのですが、そこで文献なども参考にして、そこから導き出された起業家的行動の特性をもとにアンケートを作成しています。今後、企業で(特に宮地さんが関係するところだと研究者になるかもしれませんが)、人材特性としてどういうことが大切だと考えていらっしゃるか、そのあたりのお話をお聞かせいただければ…

宮地氏:
まず、イノベーションを自ら取り組んでいく人に関しては、いわゆる企業内におけるアントレプレナーシップ、この要素が一番大事だというふうに思います。すなわちリスクを恐れず、新しいことに挑戦する人になります。ただ、そういう企業内におけるアントレプレナーシップを持っている人たちは、新しいことにリスクを恐れず取り組むのですけれども、その新しいこと=自分の興味のあることに挑戦する人が多いような気がします。結果、個性的な人材が多いような気がしています。それで、先ほど申し上げた社内社外においても有機的なネットワークを作っていくことが大事になるのですけれども、そういう個性的な人材というのは有機的なネットワークを作っていくチャネルや経験も不十分かもしれません。したがってそういう人材を集めただけではお互いに共感し、協調して取り組むのが難しくなってしまう。そのためにはそういった人材をリードして一つの方向に向けて力を引き出していくリーダー人材、これが非常に大事になると思っています。

これは私自身を棚に上げての発言になってしまいますけれども、このリーダー的な人材も従来の管理志向ではなかなか務まらないのではないかというふうに思います。いい意味で、ある種の猛獣使い的な要素、当然社内の調整や根回しも一生懸命やらなきゃいけない。そのリーダー自らが社内外の有機的なネットワークもどんどん広げていく、こういった、場合によっては相反するような色んな要素を微妙なバランス感覚で持っている、こんなことが求められるかもしれません。

岡田:
確かに、ベンチャーの事業主であったり、新しいことをやる人というのは、他の人には理解できないような突飛な行動をとったり、自分の中の世界にいたりされますね。でも、そこにイノベーションのきっかけになるようなものがたくさんあるのだろうと思います。

求められるリーダー

岡田:
実は「VUCAテスト」の結果で面白いと思ったのが、実際に事業を起こしている人は、非常に起業家的な傾向が強いですが、宮地さんはそれよりちょっと点数が低いというのでしょうか、ちょうどいいポジションにいらっしゃった。リーダーというのは、もしかしたら自分が異質であるというよりは、大企業の中にいらっしゃるような堅実に仕事をしていかれる人たちと、外の人たちをうまくつなぐ役割というのがあるのかもしれない。それがちょうど宮地さんがいらっしゃったポジションなのではないかと思いました。そのように、人材をうまくネットワーク化するリーダーが必要ということも言えるのでしょうね。

宮地氏:
イノベーションに自ら取り組んでいく人たちというのは、行動力も高いし、不安耐性力も高いグラフの右上に所属する人が多いと思っています。

ただ、その人たちだけでチームを作っても成立しないだろうというふうに思いますし、したがって、(グラフの)真ん中がいいのかどうか、これはあくまでも仮説なので、色んな方面に微妙にバランス感覚を持って取り組むようなリーダーというのは、右上の行動力のある人たちを率いていくためには必要だというふうに思います。

一方、リーダーと行動力、不安耐性力の高い人たちだけでもチームはなかなか成立しないと思っておりまして、着実に中の仕事をこなしていく人、着実に事務的な手続きをやっていく人、そういう人たちも非常に大切で、イノベーションの現場であったとしてもそういう人たちなしにはイノベーション力は発揮できないというふうに思っております。そういう人たちは必ずしも(グラフの)右上ではないのですけれども、そうでない人たちも合わせてチームとしての総合力を出していく。これがリーダーとして上手に指揮をして奏でていくことのポイントと思っております。

岡田:
互いにその仕事や特性をリスペクトし合うということですね。

クライアント・イノベーション・センターの機能

岡田:
クライアント・イノベーション・センターは、ハードだけではなく、運営に関してソフトも必要かと思います。どのようなことに取り組んでいらっしゃいますか?

宮地氏:
クライアント・イノベーション・センターは4つの機能から構成されております。「共感」していただく機能。技術をご紹介したり、技術を「体感」していただく機能。そして「知恵を合わせる」という機能。そして、シンポジウム等で「輪を広げる」という機能です。私個人として大切だと思っているのは「知恵を合わせる」機能で、そのためにハード的には富士通様の「Webコア Innovation Suite」というデジタルワークショップのシステムを導入しました。ただこれもハードだけではなくてそれを活用したデザイン思考でお客様と新しい価値を考えていくプログラムを試行錯誤しています。

岡田さんがよくご存知のビジネスモデルキャンバスですとか、バリュープロポジションキャンバスといったフレームワークを活用したアイディア共創ワークショップ、これは非常に有効な手段だと思っておりますし、VUCAの時代においてはこのビジネスモデルキャンバス等を使って作った仮説をアイディア段階で早いサイクルで検証していってそして、不確実性のリスクを低減していく。すなわち、プロトタイピング等を通じてアイディアを進化させていく手法、これに関してはまだまだ始まったばかりですけれども今後、きわめて大切になっていくというふうに考えています。

岡田:
そういう仕組みを、それこそこういうVUCAの時代ですから、試行錯誤しながら見つけていくということですね。完全にできたものというよりは、そのようなプロセスを踏んでいらっしゃるということですね。

あと施設としても、早稲田大学元教授の大江先生が主催しているビジネスモデル・コンペティションの会場として利用させていただいております。これから、コロナが終わって人が来られるようになるといいですね。

ビジネスモデル・コンペティション

宮地氏:
そうですね。早くコロナが収まってリアルでディスカッションさせていただければいいと思っております。ただ、コロナ禍であってもやれることは増えておりますので、バーチャルCICを活用してのリモート、リアルとリモートのハイブリッド的な活動も今後できるようになってくるかなと期待しております。

第3章 イノベーションの基盤

  • 00:00 研究分野における「門外漢」の役割
  • 04:52 VUCA時代における研究者の行動
  • 07:11 イノベーティブな人材育成に大事なこと
  • 09:53 「誰かの役に立つ」ということ
  • 11:11 社員を大事にする「味の素の人財マネジメント」

研究分野における「門外漢」の役割

岡田:
実は私は別会社である「総合コンサルティングオアシス」で新規事業のファシリテーション、支援をさせていただいており、御社とは10年くらいのお付き合いがあります。研究開発から新規事業をどう立ち上げていくかという方法論として「STAR」「BMO」という方法を導入いただいた経緯がありますけれども、10年間よく雇っていただいたというのが正直な私の感想です(笑)

ご一緒させていただいた皆さんは、ほとんど博士、専門分野の方ばかりです。ですから、使われている用語からよくわかりませんし、今後どうなっていくかという、ビジネス構造としても難しいところはありました。私は、何も知らない立場でお付き合いさせていただき、お客さんだったらどうなのだろう?という素朴な質問をさせていただいておりました。そんな私を「役に立つ」と思っていただいたことの一つに私はカウンセリングスキルが挙げられると自己分析しております。

私が学んだのは、もしかしたら研究、イノベーションを起こしていく研究者に関わっていくには、上から「この技術はこうだ」とか「このビジネスはこういうものだ」というよりは、かえって素人っぽく「どうなるんでしょうかね?」と聞くような、そういうほうがいいのではないかと自分では思っているのですけれども、どうでしょうか?

総合コンサルティングオアシス・メソッド STAR法
(https://www.oasis3.com/method/star)

宮地氏:
まずは岡田さんには「STAR」や「BMO」によるテーマ評価で本当にお世話になりまして、改めて御礼を申し上げます。特に新しい研究に取り組もうとしている研究者には「STAR」は非常に有効だと思っております。新しい、ステージの浅い研究テーマに取り組む場合の多くは、一人や二人といった個人活動からの孤独なスタートになります。岡田さんにはそんな研究者を集めて全く異分野同士の研究者がお互いのテーマを同じ指標で評価してディスカッションしたり、岡田さんから客観的な質問をしていただくという機会と場を提供いただきました。同じ研究者であってもテクニカルタームは全然違うので全く分からないのです。異分野の研究者や岡田さんとのディスカッションでは各自の研究テーマにおける気づきは大変多かったです。けれどもそれ以上にお互いが悩みに共感できたカウンセリング効果は抜群だったと考えています。その研修に参加したある研究者が「新テーマに取り組むのは孤独なんだと思ってたんだけれども、孤高なんだ。孤高な取り組みなんだ」と言っていました。そういったモチベーションというのは大切にしてあげたいし、そういう研究者を孤立させてはいけないとその時、思いましたし、今も常に思っています。

岡田:
私は「せっかくだから、あなたが研究したものを社会に出しましょう。そのためにはどうしましょうか」という働きかけを行っていました。とかく研究者は、深く、深く専攻して、より深いものへと内向きになっていく傾向があるのではないかと思います。そこで私は「世の中にこれが出て行くためにはどうするか?」というところを追求し、一人でやるのではなくて、孤高という高い位置から世の中に広めていくという、そういうことが重要と考えていました。

VUCA時代における研究者の行動

宮地氏:
外の世界を知らない研究者というのは、私どもの会社だけではないと思うのですが、研究をしていると、100点満点、もしくは120点満点以上のものでないと商品化にならないと考えるケースが、たまにございます。そうすると100点、120点というのはいつまでたっても取れませんので、場合によっては永遠と研究することができる…ただ実際、お客様というのは60点でも50点でも、本当にお客様の困ったもの、もしくはこんなことができたら嬉しいなと思うものにマッチすれば、あっという間に採用されるということもございます。ですから、研究者がお客様のところにどんどん出かけて行って、生の声を聞きながら早いサイクルで研究開発を進めていくことが大事です。これはこれから、もっと大事になってくると思っておりますので、そういう場をクライアント・イノベーション・センターも活用しながら、我々の活動がその一翼を担えないかなと考えております。

岡田:
今、研究者は、出社されていらっしゃるのですか?

宮地氏:
コロナの状況に応じて若干出社制限がかかったりするケースもございますけれども、実験する人には優先的に出社していただいて、企画部門ですとか、マネジメントは自宅でリモートワークです。研究の現場のリーダーはリモートで済ませることもできないので、当然出社するケースはあるのですけれども、やっぱり「手を動かしてナンボ」というところは研究にはございますので、バランスを取りながらコロナにも対応させていただいております。

イノベーティブな人材育成に大事なこと

岡田:
コロナ禍で、孤独・孤立が社会的テーマになってきているようですけれども、そうなってくると、なかなかイノベーティブな人材というのはどう育っていくのか…人との接触がなるべくないように、蜜にならないようになどと言われると、熱いぶつかり合いから何かが生まれるようなことは、少なくなってしまうように思います。今後どうなるでしょうか?イノベーティブな人材を育成していくという「VUCAマネジメント研究会」としてはここを一番メインのテーマに考えていきたいと思っているのですが、どのようなことが大事とお考えですか?

宮地氏:
私は、研究所が長いものですから研究者の視点になってしまうのですけれども、やはり自分の新しいアイディアで新しい価値を作って新しいビジネスにつなげてどんどん世の中の役に立っていきたいという思いはありますが、それ以前に、自分が今研究所でやっていることが、モノづくりに携わらない、例えば分析部門やプラント生産部門であっても自分がやっていることが世の中のためにすぐにでも役立つのだという思いはあるのではないかと考えます。ただ、リモート環境下でなかなかそういうことを経験する、知ることができないので、とっても難しいなというふうには思っております。

これは私が研究所時代に人事系の総務部長さんと一緒に始めたことなんですけれども、研究者を新興国のNPOに派遣する「留職」というものです。自分が今まで業務としてやってきたことを新興国で明日から役立てるということを何ヶ月か、現地で死に物狂いになりながら経験していただくプログラムです。これはスタートアップさん、CROSS FIELDSによってご提供されましたが、もっと繰り広げられればなと思っております。そのスタートアップさんは、現時点においては新興国への派遣はコロナ禍で難しいものですから、リモートやバーチャル、VRを使いながら、そういうことにトライアルしているとお聞きしております。

CROSS FIELDS留職レポート case167より
(https://crossfields.jp/update/report1912_02/)

岡田:
そういう意味では、研究者のみならずやっぱり何かの役に立って誰かの役に立っているというのが、よりその人の持っているものを引き出し、頑張れる力になっていくのかもしれないですね。

「誰かの役に立つ」ということ

宮地氏:
これは性善説的になってしまうかもしれないのですけれど、人は潜在的に人の役に立つということに関して非常に高いモチベーションを発揮できると考えております。もともと、私ども味の素も、人々の食と健康に少しでも貢献しようということで110年以上前に、うま味調味料の味の素で、少しかけると色んな素材のスープがおいしく飲める、健康と栄養摂取に役立つという一種のCSV的な活動、それで事業を始めたものです。その精神というのは110年以上経っても我々に引き継がれているというふうに考えておりますし、社会的な貢献で我々の事業・生業にしていくCSV的な精神、味の素では Ajinomoto Group Shared Value(ASV)と呼んでおりますけれども、社員一人ひとりに腹落ちして、しっかり理解しながら皆さん取り組んでいるのではないかというふうに思っております。

社員を大事にする「味の素の人財マネジメント」

岡田:
味の素は社員を大事にしている会社として知られていますし、残業時間を短くしましょうとか、新しい取り組みも随分、人材マネジメントでもしていらっしゃいますね。

宮地氏:
働き方改革で、残業を減らしましょう、勤務時間を減らしましょう、リモートを推進しましょうということは社長が陣頭指揮に立たれてかなり何年か前からやっておりましたので、コロナになっても比較的スムーズにリモートを活用した業務に移行できたのではないかと思っております。

岡田:
逆にそういうことをやっていたから出来たってこともあるのでしょうね。

宮地氏:
…その要素はあるのではないかと思います。さすがに今の状況を予想して始めたことではないとは思うのですが。

岡田:
そういう意味で、多様な取り組みをしたり、一人ひとり大事にするということは重要と感じました。

第4章 事業のダイバーシティが人材を作る

  • 00:00 企業の魅力はどこに?
  • 02:23 マイノリティな事業部門で培った力
  • 04:34 危機感が育んだ行動力
  • 06:18 行動が高めたVUCA対応力
  • 09:09 多様性が人材と事業を作る

企業の魅力はどこに?

岡田:
今まで味の素さんの話を伺ってきましたが、宮地さん自身のご経歴にも大変興味を持っており、聞かせていただきたいと思います。そもそも、この会社に入られた経緯をお聞かせいただけますか?

宮地氏:
私自身は大学時代・大学院時代に天然物の、天然物有機化学というものをやっていました。これは身の回りにある色んな植物や生き物に含まれる生理活性物質を抽出して、どんな機能を持っているか分析し、それをケミカルな手法で合成するという研究になります。私の同期ですとか研究室の先輩方・後輩は、製薬会社に就職するケースが多くございましたが、私自身は学んだことを、本業ではないところで、なおかつ製薬に近い仕事ができれば面白いかなと思って、味の素に来させていただきました。

岡田:
…ということは、味の素さんが結構多角的に事業を展開している、しようとしているところに興味を持たれたということでしょうか。

味の素HP 「研究開発の領域」より
https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/rd/domains_solutions/

宮地氏:
そうですね。味の素は、食品会社として私もテレビコマーシャルを見て当然小さい頃から知っておりました。けれどもそれ以前にアミノ酸という素材を活用して色んなことをトライしている会社だというのは知っておりましたので、食品会社・味の素というよりもアミノ酸をベースに色んな事にトライしている会社である味の素というところに興味を持ったということになります。

岡田:
私も、関係させていただいてびっくりしました。アミノ酸から何でもできちゃうんだなと…

マイノリティな事業部門で培った力

宮地氏:
そうですね。ただ、味の素に入社して私自身が実際に取り組んだのは食品では当然なかったのですけれども、アミノ酸と製薬とは全然関係ない部門でした。プラスチック添加剤と言いまして、プラスチックに色んな機能を発揮させるための薬剤を味の素は製造販売しています。それは元をたどればうま味調味料の味の素を製造する時の副生成物を有効活用するために作り始めた、アミノ酸を作るための下支えの事業でした。そちらにだいたい15年くらい携わって、研究開発からグループ会社に出向して、営業的なこと、事業的なこと海外のOEM先との連携、マーケティング的なこと、色んなことをさせていただきました。それは副生成物の有効活用という観点で始まった事業でございますので、うま味調味料の味の素の生産を支えるという大事なミッションがあるんですけれども、やっぱり本業ではない、良くも悪くもマイノリティな事業です。したがってそれに取り組んでいる私もどちらかというとマイノリティな経歴をずっと歩んできたというふうに思っております。

岡田:
その辺が面白いと思うんです。マイノリティな所から、何か新しいものを生み出そうとか、交流も多分、さまざまであったのではないかと思います…

宮地氏:
そうですね。営業や事業部経験もさせてはいただいたんですけれども、その前から研究所で製品開発をしている頃から、お客様のところにはよく出かけていました。

危機感が育んだ行動力

宮地氏:
要は、いい意味でマイノリティなビジネスに取り組んでおりましたので、先行きが分からない、まさしくVUCAな状況は若い頃からやっていたというふうに考えています。ですから、新しい世の中のニーズを聞いてきて、新しい価値を作っていかないと、事業を少しでも発展させていかないと先行きはどうなるかわからない。本業ではないものですから、事業がお取り潰しになってしまうかもわからないという、いい意味での危機感の中で、私だけではなく周りの諸先輩方含めて、ずっと取り組んでおりました。したがいまして、実験室にいただけでは、世の中でどんなものが求められているかわからないということで、営業の人たちとどんどんお客様のところに出かけて行って、商品説明やテクニカルサービスをしながら、それと同時に世の中でこんなものが求められているということを聞いて回って、新しい商品開発につなげるというサイクルをずっと繰り返しておりました。

岡田:
マイノリティであるということで、危機感を抱き、外から情報をいただいて、そこでなんとか事業を維持していこうという、それ自体がベンチャーみたいですね、ある意味で…

宮地氏:
やってる時は非常につらかったんですけれども、ただ逆に新しいことを考えて、これをやりたいと言えばかなり自由にやらせていただけましたし、ベンチャー企業的なことをやれてきたのかなというふうに思います。

行動が高めたVUCA対応力

宮地氏:
そういう中で、これは私の貢献ではないですが、電子材料という、味の素グループを支えるような大きいビジネスも出てきて今に至っております。

岡田:
まさに今、「VUCAマネジメント研究会」でやっている、その人の持っている特性というのでしょうか、新しいことに積極的に行くとか不安なく動けるという、元々持っているものが、経験することによって発揮され、イノベーティブなこと、活動ができるようになる。VUCA対応力と私たちは呼んでいますけれども、宮地さんはVUCA対応力の高い人材に、もしかしたらなってきたのかなと感じます。

宮地氏:
…かもしれないですね。当然、外にどんどん出かけて、お客様の所に行ったとしても、行けばすぐに聞けるものではありませんし、食品会社の味の素が何でこんな所に来たのと言われたことも多々ございます。逆に飛び込みで、電話をしてアポを取って出かけたということもございますし、そういう所に出かけていくことは非常に不安でした。もう、だいぶ昔です。25年前になりますけれども。ただ、今やっていることがなくなってしまう、いわゆる事業がなくなってしまうことに対する不安の方がはるかに大きかったので、その不安を抑え込むために外へ出かけて行って叩かれるということは、全然、いとわなかったんです。それによって不安耐性力が上がったかどうかはちょっと自分では分からないのですけれども…

岡田:
行動すれば、割と世の中って受け入れてくれて、だんだん不安は減っていくのではないかと「VUCAマネジメント研究会」ではそういう仮説を立てていますね。

宮地氏:
もちろん一度行っただけで、もう来なくていいよというお客さんがほとんどなんですけれども、たまに商品を納めていなくても「また来てね」と…今度来たら、こういうディスカッションしようと言ってくれるお客様もいらっしゃいました。これは、お互いが共感できた有機的なネットワークができた瞬間なんじゃないかと思っています。仕組みとか、制度ではなく、人と人の繋がり、有機的なネットワークができることによってさらに活動、行動力が深まっていったということではないかと思っています。

多様性が人材と事業を作る

岡田:
今、言われているダイバーシティ経営というのでしょうか、マイノリティの人たちも、マイノリティの事業も含めて展開していくことによって、そしてまた、そういう人たちが活動できるような仕組みを作ることによって、イノベーティブな活動も生まれてくる。宮地さんのような人も輩出されるということですね。

宮地氏:
私は、自分自身のことを特にイノベーターだとは思っておりませんので、私のようなメンバーが私の周りにはたくさんいたとご理解いただければというふうに思います。

岡田:
今回はクライアント・イノベーション・センターの話から始まったんですけれども、私どものビジネスと関係する人材のこと、それからダイバーシティ、そのあたりのお話もつながっているという感じが致しました。やはり、人あっての企業ですし、人がどうやって生かされるかという、とても良い言葉をいただきました。リスペクトし合うということが素晴らしいことだと改めて感じさせていただきました。本当に今日はお忙しい中、見学も含めてご対応いただきまして、ありがとうございました。

(2021年8月)

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