はじまりは、苦労しかない、嫌で嫌でしょうがなかった油まみれの町工場
マウンテントップを狙わないという意味でつけられた社名、HILLTOP(ヒルトップ)。「小高い気持ちの良い丘がいいじゃないか!そこで一番になろう。マウンテントップはひとつしかないが、固有技術の象徴としての新しい小高い丘は幾つもある。沢山ある固有技術の一つでも上に立てることがいい。マウンテントップの何がええねん!」と相談役は言います。
そんな夢いっぱいのHILLTOP株式会社のはじまりは家族経営の、油まみれの鉄工所でした。きっかけは山本様のお兄様の疾患。当時、将来を危惧したご両親が自分の息子に注ぐ愛情によってできた会社で、儲からなくても、自動車会社の孫請けとして、来る日も来る日も身を粉にする仕事。そのような中、山本相談役の心には「何と、嫌な仕事、嫌な商売だろう。母親にだけは何とかして楽をさせたい。」という思いだけが募っていきました。
ピンクの外壁が目を引く本社工場
ジャンル問わず、多品種単品生産に応えるDX鉄工所の根底にあるもの
岡田康子 クオレ・シー・キューブ(以下、岡田):
御社の経営理念についてお聞かせください。
山本 昌作氏 HILLTOP株式会社(以下、山本氏):
理念は「理解と寛容を以て人を育てる」です。この「理解と寛容」は、中村元さんという仏教学者がテレビで「異質なものへの理解と寛容」とおっしゃったのがきっかけです。人を育てるためには、相手をちゃんと理解することと寛容になれるかどうかです。
僕はまた、職場というのは、仕事を通じて人が成長できるフィールドであるべき場所だと考えています。人が限りなく成長するためには、新しい仕事をどんどん与えていく必要があります。それだと最初は儲かりませんが人と技術は残ります。
モノづくりの現場で、言われたものを、与えられた機械を使って、マニュアル通りにやって、人間がロボットになって「頭の中でものを考えなくていい」というやり方が、僕には耐えられない。「利益のためにルーティンをこなすのが当然」という考えが僕にはないんです。従業員には仕事を通して成長してもらいたいです。
岡田:
どのように孫請けのルーティンワークからの解放を図ったのでしょうか?
山本氏:
基本的には作業の情報化です。それが今のDXにつながっていますが、僕は職人の仕事を「データ化」「マニュアル化」「人に伝える」の三つに分解して「職人」という概念を排除することから手を付けました。技術がその人に帰属するのではなくオープンにしていく。先輩社員が後輩に伝えるということに30~40年前から取り組んでいます。
成果が出る⇒ノウハウを標準化する⇒キャパシティが空く⇒新しいことにチャレンジする⇒成果が出る…このサイクルを回しています。
岡田:
ハラスメントをする人というのは、たいてい、今の仕事にしがみついて、人に伝えて渡すとか、育てるといったことをせずにいるように思います。
山本氏:
そうですね。「職人が正しい」と思っていますから。「技は盗んで覚えろ」とか言われていましたしね。しかし今日の鉄工所は、近代工業で、昔のように人間が手でやるものではありません。加工の過程では機械にコンピューターがついている時代です。そのどこに「技」があるのでしょうか。
加工機に装備する切削用ツール
大切なのは、夢を語ること
岡田:
山本さんは、どのように夢を人に伝えているのですか?
山本氏:
社員同士がざっくばらんに会話できるよう配慮された円卓
僕はビジョンの共有をすることで夢を伝えています。「将来は『鉄腕アトム』でお茶の水博士がつくっていたようなロボットとか、ひとの役に立つ装置があったらいいよね。がんばろうな。俺はあきらめない。」という話はよくしています。それとともに、企業が大きくなり、よい社員がたくさん集まって、環境がよくなる。相乗効果が出ています。
ピーター・ドラッカーが「ビジョンが大事だ」と言うのは、本当にそう思います。僕たち兄弟3人は、朝から晩まで油まみれで働いて、休みもろくにとれず、賞与もなかなか出せなかった時でも、現場で夢は語っていました。
人の育て方で大切なのは自発能動
岡田:
経営者の一番の悩みは人材ではないかと思います。このフロアにもたくさんの社員さんがいらっしゃいますが、皆さんのことをどのように育成されてきたのですか?
山本氏:
事業の方向転換をして8割のお客さんを失って必死だった中、父親のつてで来てくれたのは、知り合いの息子さん(当時17歳)でした。礼儀も教養もないチャラチャラした子で、仕事に必要な三角関数ができなかったので仕事が終わってから2時間、毎日教えました。そのような人材が3人続きました。彼らには、レーダーチャートで見ると突出した行動力、自己主張、発言力があります。ただ、教養・礼儀はないので、チャートが三日月形になります。それを個性として認めているんです。
人をどう育てるかですが、人が成長する一番の要因は、自発能動です。本人がしたいことを優先させるのが重要だと思います。新しいスキルを学びたいと思っている人たちにルーティンをさせるのは「悪」です。僕は、本人がやりたいというものはやらせます。それで利益が出るかどうか、成功するかどうかはさておき、本人たちがチャレンジしたいものなら、やらせればいい。
山本相談役の夢は「白衣のあるきれいな工場」でした。
いまではそれが社風です。途中でやめさせず、行くところまで行かせます。途中でやめさせられると「俺は絶対、できると思ってるのに、やめさせられた」となるから。僕が他の企業経営者と違うのは、本人の個性だとか、思いを重要視する点だと思います。利益追求ではなくて、彼らの満足感、納得感のあるところまでやらせます。
岡田:
どうやって、そういう風土「言ってもいいんだ」という空気感を作るのですか?
山本氏:
それは、失敗を許す風土だと思います。失敗しても怒らないで、自分たちができるもの、面白いと思うものを作らせる。それがお客さんのメリットにもなり、より高度な、違うジャンルの仕事が舞い込んでくることになるのです。
岡田:
そうなってくると上に立つ人の覚悟が必要になりますね。事業に影響を与える失敗と回収できる失敗の見極めは、どのようにされているんですか?
山本氏:
僕は「5%理論」(売り上げの5%)を実践しています。ジャンルを決めず、ストライクゾーンを狙わない、ボールゾーンやもっと外れたゾーンでのものづくりを積極的にします。
ちなみに大物ミュージシャンのマイクスタンドやペダルは弊社が作っています。他の製造業者は標準ものしかやらないから、単品でも製造できる弊社に発注が来たんです。今まで使っているものと同じものを作ってほしいというご要望でしたが、オリジナルのものを作ったところ、とても喜んでくださりました。
24時間稼働する無人工場
企業文化の醸成のしかた
岡田:
技術や考えを、人にわかるように伝える方法って何でしょうか?保身で、なかなか手放せない人が多いのではないでしょうか。その人たちに対してアドバイスはありますか?
山本氏:
他に可能性があるのに、あなたはその技術と一緒に死ぬつもりですか?いずれあなたの仕事はなくなりますがいいですか?と言ってあげるのがよいのではないでしょうか。そういう人はそれが保身になると勘違いしているので。ここにある、可能性のある仕事は他の人に回します。…僕はこれを露骨にやります。
岡田:
そうすると、自分自身が新しいことをやりたいという気持ちが触発されるのでしょうか。
山本氏:
僕たちは触発させます。新しいことに取り組んだ人を「すごいね!最高だね!面白いね!」と評価する。それによって「儲かったね!」という話はあまりなくて「よくできたな~、それ!」というように…
検品ルーム
岡田:
そういう文化を作っていくということですね。
山本氏:
この会社が何を大事にしているのかをちゃんと表明することです。僕たちは量産をしたくない。単品ものだけをやる。リスクのあるもの、新しいことをやりたいっていうのが前提にあるのでそこにそった仕事の仕方をしているのです。
人を大事にする経営の基盤にあるものは相互尊重
岡田:
世の中ではダイバーシティ経営と盛んに言われていますが、こちらの会社は一人一人の生きざま、一人一人の立場がすごく尊重されているように思います。
山本氏:
そうですね。できる限りそのようにしてもらいたいです。だから僕は自発能動の人しか、評価しないですね。
岡田:
求人への応募もすごく多いとうかがっていますが、採用はどういうふうに?
山本氏:
採用は社員がやっています。自分たちの仲間は自分たちで選ぶ。グループ面接、グループディスカッション含め、社員たちが行い、一緒に働きたいなって思うような人を雇うのです。この会社のリクルーティングは非常に面白いです。いかに良い人材と巡り合えるかという可能性を追求するので、第4次面接ぐらいまでやっています。京都で開催される就職説明会では、名だたる企業をおさえて、ヒルトップが人気ナンバー1です。新卒に近い年代の社員に取り組ませているからです。ものすごい活気があります。
アルミ加工製品の一例
岡田:
自発能動的な人材を採用しようということは一般企業でもスローガンでは言っているところですが、入ってみると壊されてしまうようです。御社では、お兄様のこともそうですが、その人の自発能動の範囲を尊重されているように思いました。
山本氏:
そのためにジョブローテーションをかけるんです。いろんな部署を経験すると、皆、違うということがわかる。「自分はデキる」と天狗になるのはまずいので、やりたいことがこの会社にはいっぱいあるよね、ということを実践的に理解させます。
社員たちの表情を見ているとやっぱり生き生きとしているんです。そういうことがつながって広がっていくんだと思います。
次世代への引継ぎは、創業者が口を出さないこと
岡田:
山本さんは2022年6月末には退任が決まっているとのことですが、創業者の引き際の難しさはどう考えますか?創業者にとっては会社が人生そのものなので、その時に何か自分を埋めていく生きがいが必要なのかなと思うのですが…
山本氏:
退職しても、人生そのものですからね。誰もが味わうことですから。確かに恐怖もありますが、その後、自分がどう生きるのかは自分で考える他ないでしょう。
意思決定をどう任せるかが企業にとっては大事なのに、自分がトップにいる以上「俺の意思決定を守れ。自分の知らないことやるな。」となる。それは間違いです。僕は「チーム経営」という形をずっととってきていて、次のチームはもうすでに出来上がっています。息子がアメリカに興した会社がそれなりになってきていますが、当初から僕は一切口を出しておらず、すべて事後報告です。
70歳、80歳になっても会長が口を出すような会社で、いつになったら社員が一人前になるのでしょうか。次の世代に与えてやらないといけない。これからは、私の兄だけは会長として、やれる範囲で仕事をやらせてやってほしい。現場で機械が動いているのを喜んで見て、材料の取りかえをするような仕事です。年なのだからやめておけばいいのにと思うけれど、それが彼の生きがいなので、これからもそうさせてあげてほしいと思っているのです。
岡田:
本日はとっても素敵なお話をどうも有難うございました。
(2022年4月、文責:株式会社クオレ・シー・キューブ)