ビジョナリー対談社会心理学者 岡本 浩一 氏

Vol.17 社会心理学者 岡本浩一 氏

今回のビジョナリー対談では、弊社代表・岡田康子が、社会心理学者でありコンプライアンス政策の第一人者でいらっしゃる岡本浩一先生に、企業のハラスメントやコンプライアンス問題とその背景についてお話をうかがいました。

個人的違反と組織的違反:組織文化における課題

岡田康子 クオレ・シー・キューブ(以下、岡田):
組織風土の健全化を考えている私にとって、先生のご著書『組織健全化のための社会心理学』は大変勉強になりました。不祥事をどのように防止していくか、お聞かせいただけますか。

岡本 浩一氏(以下、岡本氏):
不祥事には二次元あり、「個人的違反」と「組織的違反」と区別しています。これらの違反はどちらも個人の行動ですが、違反の種類が異なり、「個人的違反」と「組織的違反」は相関しません。

個人的違反とは個人が楽や得をするための違反で、会社のものを私的に流用したり、勤務時間を誤魔化すなどです。会社と社員個人の間に利害対立があるときに、会社の不利益になる形で個人が利益を得ることで生じます。一方、組織的違反とは組織の利潤追求のために定められている基準や手順を省略する、不正を隠蔽するなどです。この場合、会社と社会の利害が対立する場面で、社会に不利益が起こる形で会社の利益を得ようとするものです。

通常、ハラスメントというのは個人的違反で、大きな不祥事は組織的違反です。個人的違反は、それだけでは不祥事にはなりません。そこで組織的違反をすると大きな不祥事になります。

職業的自尊心

例えば、古い例では「牛肉偽装事件」。BSE問題が起こり、国内の、その時点で検査していなかった和牛を全部買い取って燃やすことで対処したわけですが、その時に「外国産の牛肉に国産のラベルをつけて国に買い取らせる」ということをした人がいました。それをやった人は、肉がもったいないし、少しは会社の収益になる、会社によかれと思ってやったのですが、実はそれが反社会的な行動だったわけです。そういう構造のものが組織的違反です。

個人的違反と組織的違反が相関しないということについて、大事なことが二つあります。一つは、個人的違反を会社全体で隠蔽しようとすると、そういう行為が組織的違反になるということです。

例えば、検査免許がない人に検査をさせている会社が、それに気づいた人の口を封じようとすると、それは組織的違反になります。

あるいは、パワハラ・セクハラを個人が訴えてきたときに、適切に対応すれば、それは個人的違反の範囲内で終わるのですけれども、それを取り上げなかったり、被害者の方に口封じをしたりすると、それは組織的違反になります。

ですから、まず大事なことは、個人的違反は個人的違反の範囲内で対処する。そうしないと無作為なケースも含めて組織的違反に発展してしまうということです。

もう一つの大事なことは、コンプライアンス部門の人たちは組織的違反のチェックに重点を置くということです。彼らは自分たちの仕事の成果を、自分の身の回りで起こっている個人的違反から直感的に判断しようとします。でも、不祥事になるのは組織的違反なので個人的違反は関係ないのです。

コンプライアンスを担当している人にとって重要なのは、組織的違反をチェックすること。そのため個人的違反というものを見過ぎないように、とお伝えしています。

「職務的自尊心」の醸成で、ハラスメント予防を

岡田:
職場のハラスメントでは、個人的な問題より組織的な問題が背景になっていることが多々見受けられます。組織的な違反を起こさないためにはどうしたらよいのでしょうか?

岡本氏:
組織的違反の防止でお伝えしたいテーマは「自尊心」です。「職業的自尊心」というのが、私が開発した概念で、いわゆる「ノブレス・オブリージュ」(高貴な使命感)を心理学的に測定できないかと考えました。

「職業的自尊心」を細分化すると「職務的自尊心」と「職能的自尊心」の二つがあります。

「職務的自尊心」は自分の仕事の社会的使命を自覚している状態。「職能的自尊心」は難しい技能を要求されるような、特殊な仕事をしている場合、資格を保持している、特別な訓練を受けている等に基づいて誇りを持っている状態。

この二つに分けたとき、職務的自尊心の高い人が、比較的コンプライアンス意識が高いということが分かっています。電力業界や消防からのデータでその傾向を確認しました。

個人的違反・組織的違反

例えば、市民公益活動のような仕事をさせると、職務的自尊心が高くなります。一時的に職務的自尊心が下がっている人も回復することがはっきりと出ています。

卑近な例ですと、消防署で小学校3~4年生の社会科の授業で消防自動車を見せたり、消防署での仕事について話す。こういうことはどこの消防署でもやっていますね。このような活動をすると、自分自身の身が引き締まって、子供たちが尊敬のまなざしを向けてくれる、そういうことが大事だと思うのです。

大事な責任を持つ人は必ず市民公益活動をやって、職務的自尊心を培った上で、その職に就くなどの仕組みは、ハラスメント行為を防ぐ一つの方法だと思います。

岡田:
コンプライアンス部門においては、違反を罰することより、社会と企業が積極的に関わるような活動を推進していくことがハラスメント予防やコンプライアンス意識の醸成につながるのかもしれませんね。

厳しい社会だからこそ茶道の文化が必要

岡田:
先生は茶道の世界でもたくさんのご著書がおありで、「茶の湯」の体験がもたらす意味について明快に説明してくださっておられます。茶道が始まった戦国時代、命をかけた戦いをしている中で武将にとって「茶席」とはどのような意味があったのでしょうか?茶席という狭い空間を通して互いに対峙しながら人をつなげるということを、戦国時代にやっていたわけですし、四季を取り入れた文化的な営みが癒しにもなっていたかと思います。その茶道の精神は、今日の超競争社会でも、生かすことができるのではないかと考えます。

岡本氏:
抹茶は不思議で、お茶を点てる人によって味が違う感じがするでしょう。上手な人は美味しく点てます。そうすると、お茶の味というのは、お茶を召し上がる方にとっては「この人が自分のために点ててくれたのだ」と思い込めるような部分がある。一方、お茶を差し上げるほうは「その人のために美味しくする」というような、一つのメカニズムが働いているのかも知れないです。

岡田:
ハラスメント防止のために必要なことは「相互尊重」と言われています。まさに「誰かのために」という気持ちが大切なのですね。
また、今日では裏千家の大宗匠が「一碗からピースフルネスを」というライフワークに取り組まれていらっしゃいますが、まさにそこが原点なのですね。

AI技術の進化と学びの本質

岡田:
ChatGPTが衝撃的なインパクトをもって登場しました。これに限らず高度なAI技術によって社会は大きく変わろうとしています。「人間は何をするのか」を問われているようです。

大学生のレポート提出などでも自分の頭で考えず、ChatGPTを使ったり、過去の論文から部分的に盗用するなどということが起きているようですね。

そういう時代において「学び」とは何でしょうか?

岡本氏:
「学びとは何か」という、いまとっても大事なことをおっしゃったんですけど、私どもの世代は、良いレポートを書くことではなく、学ぶことで自分の中に「高まり」ができてくる、その「高まり」を目標にしていました。ChatGPTのようなツールは、学んで成長する喜びを人間から奪ってしまいます。

会社でもそうです。例えば、会社で働いている人は、単に給料をもらっているだけではなくて、会社の社風などにあこがれて、「先輩みたいになりたい」「自分を育ててくれる上司や先輩の後姿を追いかけたい」とか、そういう気持ちでそこにいる間に、自分が「高まっていく」というようなことがあるでしょう。

会社や組織というのは、「生産」だけではなく、人が「成長」しに来ている場所だということです。

収入を得ることだけではなくて、自己実現、成長、そういう要素がなかったら職場の意味はないように思います。

岡田:
先生のご著書『心理学者の茶道発見』に、「権威から自由になれぬ心は他と自らを拘束し、思いやりを失い、傲慢に陥る。」と書かれています。

これはまさにハラスメント行為者、行為者だけでなく経営陣に是非お伝えしたいことなのですが、「非言語的情報の処理能力、あいまいな情報の処理能力が柔軟な思考能力が高い人は権威主義になりにくい。茶の湯には味覚、色覚、触覚、嗅覚の鍛錬、美観の鍛錬取り合わせの妙を感じる力の養成などそのような鍛錬がふんだんに含まれている。」と書かれています。

そういった「感覚の開発」が重要なのですね。そういう意味では、今必要とされているウェルビーイングにつながるお考えだと思います。

これからの「人間性が問われる時代」に、自分とは何かを考える重要なヒントを沢山いただきました。今後ともご指導のほど、どうぞ宜しくお願い致します。本日は有難うございました。

(2023年5月)

掛け軸の一行書は「松無古今色」(まつにここんのいろなし)
住友銀行を創始した住友春翠(15代・住友吉左衛門友純)が書いたもの

岡本 浩一

社会心理学者。
昭和30年、大阪府生まれ。
東洋英和女学院大学人間科学部教授。
平成2年、東京大学から社会学博士の学位を授与される。
我が国のリスク心理学研究、社会技術研究を拓いた。オレゴン大学心理学科フルブライト客員助教授、国際政治心理学会理事、カーネギーメロン大学大学院博士学位審査委員などを兼務した。
原子力安全委員会専門委員、内閣府原子力委員会専門委員、日本相撲協会ガバナンスの整備に関する独立委員会委員、九州電力第三者委員会委員などの要職の兼務も多く、安全政策、コンプライアンス政策では第一人者のひとり。

裏千家茶道を修め、茶名・宗心。
裏千家淡交会巡回講師、裏千家学園茶道専門学校理事。
茶の湯文化学会会員。
平成27年、第13回茶道文化貢献賞受賞。

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