ハラスメント相談の現場からVol.54 自己報酬と他者報酬

Vol.54 自己報酬と他者報酬

某企業の管理部でマネージャーを務めるA子さん。入社以来20余年の間、時に上司から降ってくる無理難題や会社方針として押しつけられる“理不尽”を受け入れ、懸命に捧げた時間と努力は他の追随を許さない、と自負していました。

A子さんは組織への忠誠心が極めて強く、とりわけ管理職に就いてからは”上“を見て仕事をしてきました。部下への指示についても「会社はそういうやり方」、「上がそう言っているのだから」という軸がぶれることはなく、組織に貢献するというのはそういうことだ、と信じて疑ったことはありませんでした。

最近、A子さんの思う”当たり前“がどうもうまくいかない、と戸惑うことが増えてきました。部下へ業務指示しても、ミスが発生したり、遅延が生じたり、言い返されたり、「分かってくれない」と苛立ちを覚えることが多くなってきたのです。

そんなもやもやした気分を抱えて出席した10年ぶりの大学の同窓会。懐かしい先輩たちとの邂逅に、「こんなに会社のために頑張っているのに…」と、気がつけばA子さんは日頃の不満をぶつけていました。その時、先輩の一人から「あなたは自分のために働いている?」と聞かれ、返答に窮してしまいました。続けて先輩は問いかけました「誰のためでもない、自分のためにやってきた?」、「あなたにとって仕事って何?」と。

会社のため、上司のため、昇級のため…、など他者からの”評価“に基づいた動機づけを”他者報酬“と呼び、日々の仕事を進める原動力になります。しかし、もっと大切なのは周囲からの評価とは無縁の”自分を満たすため“の自己報酬に動機づけられた働き方だ、という先輩の話に耳を傾けるうち、A子さんは「本当は私、仕事が好きだった」と入社した当時の、働く原点とも言える「仕事が楽しくて仕方がなかった」こと、「『こんなことやりたい、あんなことやれたらいいな』とできもしないことを考えてワクワクしていた」ことを想い出しました。と同時に、日々目の前の課題を解決することに追われ、もうずいぶん前から仕事を面白いと思う気持ちが失われてしまっていたことも…。最近の部下との間に薄いベールが張っているようなすっきりしない関係や苛立ち、もやもやがそのことと無関係ではないことにも気づかされました。

同窓会の帰り途、A子さんは「私の人生、何かに捧げて擦り切れるのではなく、自分自身がもっと充実し満たされるようにしたい」と久しぶりに足取りが軽くなったのです。

(株)クオレ・シー・キューブ 志村 翠 (2019.09)

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