ハラスメント相談の現場からVol.73 行動変容は“人間改造”?

Vol.73 行動変容は“人間改造”?

「人間、そんなに簡単に変われない」、「この年になって性格変えるなんて無理」、たいていの人はこんな風に感じています。私たちが実施している行動変容プログラムにおいて参加者が長年大切にしてきた価値観や日頃慣れ親しんでいる言動を一つ一つ吟味していく過程で、必ずと言ってよいほど、これらの言葉が参加者の口からも出てきます。いえ、まったくもってその通りで反論の余地はありません。簡単に人が変わるとは思えませんし、むしろ簡単に変わったりしたら、そちらの方が怖いでしょう。また、性格を変えるのは無理、と言った場合、往々にして性格を人格、あるいは人間性、生き方(人生)と広域にとらえて“全面改造”をイメージしていることがあります。すなわち、それを変えることは、これまでに築いてきた人生、自分の存在そのものを全否定するという大前提につながり、無理難題であるばかりか大変危険な発想です。むしろ、そこは踏み込むべきではない聖域と言っても過言ではありません。

某社役員のAさんは数年前、弊社プログラムへ参加したのを機に自らの行動変容に本腰を入れて取りくんできました。数年ぶりの再会の折、温和な笑みを受かべながら口をついて出た言葉は、「いやぁ、そう簡単に行動は変えられないですね」。おそらくは血のにじむような努力と辛苦を経験した上での率直な感想だけあって、実感を伴っていたのは言うまでもありません。「まだまだ道半ば」を日々痛感しているそうですが、意識して心がける姿勢こそ現在のAさんを支えている大きな柱であり、誠実な取り組みの成果そのものでしょう。今でも、仕事が重なり余裕のない折には、つい昔の悪い癖が出てしまうそうです。それを重々心得ているので、Aさんは常日頃から部下には自分の悪い癖についてオープンに話し、「そういう時は『ほら、また癖が出ていますよ』って注意してね」と伝え、功を奏しているのだとか。こうした双方に血の通う関係性さえ構築できていれば、Aさんに少々昔の悪い癖が出たところで大きな問題にはならないのではないでしょうか。Aさんが四面楚歌の中で孤軍奮闘し、“仏のAさん”たらんと“全面改造”を目指すことより、周囲と信頼関係を築き、援けられながら、“時には鬼のAさん”でもあることの方が、Aさんにとっても周囲にとっても職場、組織全体にとっても幸せなことに違いありません。周囲への波及効果も多大なものがある関係性の変化こそ、Aさんのこつこつ積み上げてきた行動変容の貴重な収穫物なのですから。そして、Aさん自身、数年前のAさんとは明らかに異なる落ち着きと心地よい空気を身に纏っているのですから。

(株)クオレ・シー・キューブ 志村 翠 (2021.05)

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